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孤独死はなぜ問題なのか?人の死に方を考える

孤独死はなぜ問題なのか?人の死に方を考える
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こんにちは☆NORIです(*´ω`*)

今日は最近話題となっている「孤独死」についてです。

ところで皆さんは、孤独死がなぜ問題なのか?を考えたことがありますか?

はたして孤独死は本当に問題なのでしょうか?

今日は、孤独死の問題点について、わたしの考えを書きたいと思いま〜す♪


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孤独死がなぜ問題なのか?

近年、マスコミでは「孤独死」の問題点が取り上げられておりますが、実は、わたし自身は孤独死することは、さほど問題ないと思っております。

何故かと言うと、人は基本的に、誰もが一人だからです。

とはいっても、これはあくまでも、スピリチュアルな視点で見た場合の「孤独死」に対する考え方だと思ってくださいね♪

たとえば、家族がいる人だって、死ぬときは基本的に一人です。

だって、あの世に持っていけるのは、自分の人生の「経験」という記憶だけですからね。

人は死んだら、物質的なものは、全てこの世においていかなければなりません。

実際、家族がいる人も、死ぬ瞬間にはその家族と別れなければなりません。

という事は、「孤独死なのか?」「そうじゃない死に方なのか?」の違いは、死を迎える瞬間に、「周りに人がいるかどうか?」という違いだけなのですね

これは、皆さんの意見も聞きたいのですが、皆さんは自分が死ぬ時に、誰かに看取られて死にたいと思いますか?

それとも一人で静かに死にたいと思いますか?

実は、わたしは、一人で静かに死にたいと考えております。

この記事を読んでくださっている方の中には、家族などの誰かに看取られながら死にたいと考えている方も意外と多いかとは思いますが・・・

その場合は、死の瞬間までにも、周りの人に「気にかけてもらっていたい」と願っているのではないでしょうか

しかし、スピリチュアル的に言えば、「死」とは、境目に過ぎません。

死とは、魂がこの世からあの世へ移動する「瞬間」を、死と捉えているだけなのです

つまりわたしは、魂が移動する瞬間に、周りに人がいようがいまいが、どっちでもエエやんw

と思っているのですね(*´ω`*)

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孤独死が問題なのではなく、人様に迷惑をかける死に方が問題なのです。

とは言っても、孤独死を考えたときには、「物質的な問題」が発生するのは事実です。

つまり、「遺体の処理」なのですね

孤独死という通り、孤独死は、「周りの誰にも気づかれずに死ぬ」ということです。

そのため、遺体がそもまま放置されることになってしまうために、それが問題なのですね。

わたしの知り合いに不動産業を経営している方がいるのですが、その人は、今までに何回か、孤独死されてしまった方の部屋に入った事があるそうです。

最初は、家賃が口座に振り込まれず、おまけに電話も繋がらないことから、「オカシイな?」と思って部屋に伺い、合鍵でドアを開けてみるそうなのですが・・・

特に夏場とかは、ドアを開けた瞬間に、「臭い」というか、「空気の圧力」を感じると言っていました。

そのため、ドアを開けた瞬間、「もしかして・・・」が、「・・・・・」になる瞬間は、なんとも言えない辛い気分になるそうです。

そして、孤独死された人の部屋は「壮絶」だそうです。

クリーニングをしても、とても今まで通りに賃貸として使えるような部屋には戻らないそうなのですね。

つまり、「臭い」が取れないそうなのですね。

チマタでは「孤独死は問題である」とされていますが、わたしの見解としましては、何が問題かというと「人に迷惑をかける」という部分だけだと思うのですね。

しかし、一般的に孤独死が問題とされている理由を読み取ってみますと、本人が「寂しい死に方をしたくない」という部分ばかりに焦点が当たっているように思えます

わたしからすれば、寂しいとか、孤独を感じるとか、そんな事はまったくどうでもいいと思っております。

むしろ、「遺体の処理をする業者や警察の方々に迷惑がかかる」という部分が問題なのです

ということは、孤独死自体が問題ではないのですね。

たとえば、電車に飛び込み自殺する様な人というのは、多くの人たちに膨大な迷惑をかけて死んでいくことになります。

だって、飛び込み自殺で電車が少し停まるだけで、何千人の生活に悪影響を与えて、鉄道会社にも損害を与えるわけですからね。

つまり、死ぬ時に「人様に迷惑をかけないように死ねば良い」という事なのですね。

そのため、死ぬ前に遺書や遺言書をちゃんと書いておくことも重要だといえます。

これはあくまでも、自分のためではなく、残された人たちの負担を軽くするためです。

一人暮らしをしている人なら、日頃から大家さんと連絡をとっておくことなんかも大切だといえますね。

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お墓に対する考え方。

ついでなので、お墓に関するわたしの考えも書いてみますね♪

わたし自身は、自分が死んだら「お墓も葬式も、別に無くてもえーわ」とも思っています。

その理由は、お墓に対する多くの人々の考え方を見てみると理解していただけると思います。

お墓とは、要は、生き残った人たちが後々管理するものなのですよ。

そのため、死んだ本人にしてみれば、死んでしまえば魂はあっちの世界に行ってしまうので、この世にお墓があろうがなかろうが関係ありません。

特に年配の人に多いのですが、よく、「自分のお墓だけはしっかりさせたい!」という人がいますが、それって、この世の「物質至上主義的な思考」の考え方なんですよね

逆にわたしは、そんな人に対して「あなたは死んからも、まだ物質にこだわるのですか?」と言いたいくらいです。

映画「はじまりへの旅」より・・・
私が死んだら、仏教徒として火葬されることを望みます。
葬儀では、「音楽とダンスで」わたしの生涯を祝って下さい。
その後は私の遺灰を人が沢山いる公共の場へ持っていき、そのまま速やかにトイレに流して下さい。

スピリチュアル視点で見れば、お墓がないとバチがあたるとか、魂が成仏できないとか、そんな事は絶対にありません。

そんなこと言ったら、戦争や災害で亡くなった魂は、誰も成仏出来ずにこの世に留まってしまっていることになりますからね♪

よく、霊能者が霊視をすると、「墓参りに来ないから先祖が怒っている」なんて話を聞きますが、墓参りに来ないくらいで怒るような霊って、どんだけ自分本意なんだよ?って思いませんか?

きっとそんな霊は、「生前の人たちに対しての想いを忘れられないだけだ」と思います。

そして、現世の習慣として「人は死んだらお墓に入らなければならない」と考えている人が多いから、災害や戦争で命を落とした魂がそういった固定観念を持ったまま死んでいくと、死んでからも寂しい思いをする「未浄化霊」になってしまうのです。

本当に人格(魂レベル)の進んだ人なら、自分の墓が無かろうが、子孫がお墓参りに来なかろうが、子供が自分の存在を忘れてしまおうが・・・

そんな事でへそ曲げたりしませんってw

そして人格の高さとは、依存心を持たずに「魂が自立しているかどうか?」なのですね。

そのため、死んでからすぐに成仏しやすいのは、家族がいる人よりも、一人で生きてきた人の方が、すんなり成仏できるのです。

反対に、家族がいる人というのは、最後の最後までも家族に依存している傾向にあるので、死んでからもすぐにあの世に行くことが出来ず、魂が「幽限界(この世とあの世の間)」で彷徨ってしまいがちになる・・・と言われているのです。

同様に、その人が「魂の存在を信じているかどうか?」という部分も、その人が死んでからすぐに成仏できるかどうか?の違いなのですね。

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最後に・・・

今日は、「孤独死」について、わたしが考えていることを書いてみました☆

きっと多くの人にとっては、納得できない内容だとは思いますが・・・

読んでいただき、ありがとうございました!

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