宇宙の摂理と人生の目的。真理に則った生き方とは?

宇宙の摂理と人生の目的。真理に則った生き方とは?
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こんにちは☆NORIです(*´ω`*)ノ

今日は「宇宙の摂理と真理に則った生き方」のお話をしますね♪

と言っても、今日のお話は、あくまでも「宇宙の摂理とはこうなんだよ」という知識として聞いていただけたらと思います。

なぜなら、宇宙の摂理や真理のお話をしだすと、多くの人たちにとって納得がいかない様な事や、実行不可能に思える様なことも多いからです。

というわけで、この記事を読んでいただいても、必ずしも「そうしなければならない!」という事ではないので、まぁ軽い気持ちで参考にしていただければ幸いです(*´ω`*)ノ


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人それぞれの人生の目的と、やるべきこと

わたしは、以前から、人生の目的とは「幸せになる事」であり「楽しむことである」という事は何度か書いております。

しかし、この言葉の意味するところは、裏を返せば、人生とは過酷なものなので、「その中で幸せになってください」という意味なのです

そして、人間には、それぞれの魂が持つそれぞれ違った因果があり、その因果を解消して魂のレベルを上げるために、それぞれの魂にふさわしい場所に生まれてきますし、因果解消のために丁度よい肉体的特徴を持ち合わせて生まれてきます。

さらに、前世から積み重ねられた経験により、各々が持つ「能力」や「魂レベル」というものも、人によって全然違います。

たとえば、皆さんは、小さな子供が食事中に服やテーブルを汚してしまったり、誤って、花瓶を倒してしまったりしても、そんなメチャクチャは怒りませんよね?

まぁ何度も同じ失敗をしたら怒るかもしれませんが、これは、「子供とは未熟な存在だから、間違いを犯すのはしょうがない」という事を知っているからだと思います。

しかし実は、わたしたちの人生も、これと同じことが言えるのです。

たとえば、人間には、各々に魂レベルというものがあります。

人によっては「魂年齢」なんて言いますが、簡単に言うと、輪廻転生の回数が多く、より多くの人生経験がある魂と言うのは「大人の魂」であり、逆に、輪廻転生の回数が少なく、経験が少ない魂と言うのは「子供の魂」なのです。

そして、ここからが「宇宙の摂理として、こうなっていますよ」という法則の話になるのですが・・・

魂年齢が未熟な人と言うのは、人生で過ちを犯したとしても、その罪は、それほど問われないのです。

逆に、魂年齢を重ねた魂レベルが高い人が、同じような過ちを犯すと、その罪は何千倍にもなるのですね。

たとえば、世の中には、欲望の赴くまま、人に迷惑をかけまくって好き放題生きても、何の報いを受けずに死んでいく人も実際にいます。

わたしの知り合いで、昔はヤ〇ザをやっていたけど、今は真面目に会社員をしている人がいるのですが、その人は、ヤ〇ザ時代に、それはもう沢山の人たちに迷惑をかけまくってきたのですね。

しかしその人は、自分が過去にしてきた犯罪行為を、今でも悪いとも思っておらず反省もしていません。

そして、今でもごく普通に楽しく人生を送っているのですね。

こういった人と言うのは、言ってみれば魂年齢が「幼稚園児」くらいなのです。

そのため、自分が罪を犯してしまったという事に、まったく気づいてもいないのです。

そして、そんな人は、大した報いも受けないのです。

なぜなら、神様から見れば、「子供は、失敗をするのは当然」であり、その人は「神様から大目に見てもらってる」ということだからです

反対に、真面目に一生懸命頑張って生きているのに、一向に人生が報われない人も沢山います。

こういった人の中には、本当に真面目な人もいて、自分よりも他人の幸せを願ったり、募金やボランティアとかもやってるのに、自分自身は一向に幸せになれない。なんて人もいるのです。

こういった人は、簡単に言うと、魂年齢を重ねる事により「他人に親切にするのなんて当然だ」と、ちゃんと解っている人なのです。

こんな人は、魂年齢を重ねてきたことにより「知恵を持つ人」とも言えます。

こうして見ると、世の中はとても不公平な様に思えますし、実際、世の中は不公平と言えるでしょう。

しかし、人間の魂は何十憶年という長い年月を、何度も輪廻転生を繰り返して生き続けていることを忘れてはいけません。

そのため、人間の人生を、この世の80年と見るのではなく「何十億年の魂の歴史」として見ると、実は、人生は不公平ではないのです。

この事は後程詳しく説明しますが、人生は、神様の視点から「魂の歴史」で見れば、必ず帳尻が合うように出来ているのです

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魂レベルが上がるほど、辛い人生になる

簡単に言うと、魂レベルが低く、人の気持ちが分からない人と言うのは、今世の人生だけで見ると、無駄に悩んだりしませんし、面白可笑しい人生を送ることが出来ます。

逆に、魂レベルが高く、人の気持ちが分かる人ほど、より過酷な人生を歩みがちなのです。

何故かと言うと、先ほども説明しましたが、神様目線で見れば、子供は過ちを犯すのは当然ですが、大人が過ちを犯すのは許されないからです

これと同じ様なことは、その人が持つ「知識」や「才能」にも当てはまります。

どういうことか詳しく説明しますね。

たとえば、運送会社の仕事で、段ボールをトラックに積む仕事があるとしますね。

普通の人が30分で20個積むのが限界なのに、その人は生まれつき人よりも体力があるので、50個積むことが出来るとします。

こんな場合、その人は自分の力を出し切って、50個積まないといけないのです。

もちろん、会社の仕事的には、時間内に20個運べば社長から怒られませんが、ただ、神様からは叱られるのです。

なぜなら、その人は、与えられた能力を存分に発揮していないからです

つまり、生まれつき人よりも体力があって、肉体労働が得意な人と言うのは、その強い身体能力を存分に生かして、人のためになる事をしなければならないのですね。

世の中には、色々な才能を生まれつき与えられている人がいます。

計算が得意な人、絵が上手い人、料理が上手い人、人前で話すことが得意な人・・・etc.

こういった才能を持った人は、その才能を存分に発揮しなければならないのです。

なぜなら、生まれ持った才能は、人助けのために発揮するように、神から与えられているからです

そしてこれは、輪廻転生や前世の話とかは関係なく、現世の人生の中だけでも言える事なのですね。

たとえば、人よりもたくさん本を読んで知識がある人と言うのは、その知識を使う事により「人助け」をしなければならないのですね。

逆に、知識が無い人が、何も人助けをしないのは、神様的に見て「罪にならない」のです。

しかし、知識があるにもかかわらず、その知識を人のために使わない人と言うのは、それだけで罪が何千倍にもなるのですね。

これは、才能も同じことが言えます。

才能が与えられてない人が、何もしないのは罪ではないのですが、才能のある人は、その才能を人のために使わないと罪になるのです。

これはつまり、知識や才能がある人は、それだけ人生の責任が重くなるという事です

「別に少しくらいは人を傷つけてもいいじゃん」と思っているような人が、人を傷つけても、大して罪にはならないのですが、「人を傷つけるのは絶対にいけないことだ!」と解っている人が人を傷つけるのは、重大な罪になるという事なのです。

人間は、魂レベルが上がるほど、人生に対する責任が大きくなります。

そして、その結果、魂レベルが高い人は、より困難な人生を送ることになるのです

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しかしこれは逆に言うと、魂レベルが高い人は、困難な人生でも乗り越えることが出来るから、困難な人生を自分で選択してきているのですね。

つまり、人生に起きる困難と言うのは、たとえその困難が他の人には解決不可能な難題に見えたとしても、その人自身には、本当は乗り越えることが出来る困難なのです

そのため、人生には「乗り越えられない困難はやってこない」とされているのですね

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人生は必ず帳尻が合うように出来ている

先ほども書きました通り、魂レベルが低い人は、好き放題他人に迷惑をかけて生きていても、その罪を問われません。

逆に、魂レベルが高い人が、好き放題生きるような事をしてしまうと、その罪は何千倍にもなります。

とは言っても、人生は、必ず帳尻があうようになっています。

たとえば、わたしの友人で、浮気ばかりを繰り返し、酒に溺れて好き放題生きてきた奴がいたのですが、彼は数年前に飲酒運転で捕まって免許取り消しになりました。

その結果、公務員の仕事もクビになり、今はアルバイトをしています。

彼の場合は、沢山の人に迷惑をかけ、数百人の女性を泣かしてきた「因果(原因)」が、とても解りやすい形で「結果」としてやってきたのだと思います。

わたしの経験上、人生で間違いを犯す人は、大抵の場合は、今世のうちにその償いを受けている様です

しかし、まれにですが、今世は何事もなく、幸せのまま一生を終えて死んでいく人もいるのですね。

では何で、一見するとこういった不公平な人生がある様に思えるのかと言うと、それは、人生を今世だけで見ているからなのです。

私たちの魂は、10万回の輪廻転生を繰り返すことから分かる様に、魂は永遠に続くのです。

そのため、宇宙の摂理により、今世に犯してしまった罪の償いをさせられるのは、今世とは限らないのですね。

簡単に言うと、魂レベルが低い人が物凄く重い罪を犯してしまった場合などは、そんな重い罪は、魂レベルを上げた人でないと償う事が出来ないので、輪廻転生を更に5回とか10回とか繰り返して、過去世に犯した重い罪を償えるくらいの魂レベルに成長してから、因果の法則により償いをさせられるのです

そのため、今世で好き放題生きていたのにもかかわらず、何事もなかった様に幸せに死んでいく様な人もいるわけなのです。

そんな人は、きっと、あと何回か輪廻転生を繰り返して、魂レベルが少し上がった時点で、過去世の償いをさせられるのですね。

これがつまり「因果の法則」なのです。

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それと、先ほどから話を解りやすくするために「罪」とか「償い」とか書ておりますが、本当は「罪」でも「償い」でもないのですね。

何故かと言うと、こういった宇宙の摂理というものは、神様が上から見ていて、それぞれの人間を採点しているわけではなく、全自動で運行される「宇宙のプログラム」だからです

これは、すべての出来事が完璧に機能する「宇宙の摂理」であり「因果の法則」なのですね

 

魂レベルが上がると孤独になっていく

どうやら、魂レベルが上がれば上がるほど、人生に孤独を感じるようになっている様です。

これは、どうやら事実の様ですし、しょうがない事なのかな?と思います。

しかし、そんな中でも「孤高に生きる」という事を実践できる人が、更に魂レベルを上げていくのですね。

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さらに、先ほども書きました通り、魂レベルが上がってくるほど、人生の難易度が増してきます。

そして、わたしたちの人生は10万回輪廻転生を繰り返す事から解るように、辛い事と言うのは、来世でも永遠に起き続けるのです。

なぜなら、人生には、辛いと感じるような事が起きなければ、魂は成長しないからです

しかし、人生に起きる一見すると辛いと思える様な出来事も、本人には乗り越えられる様な試練しかプログラムしてきません。

そのため、困難な出来事が起き来てきたとしても、その出来事に対して果敢に立ち向かえるような魂レベルに自分が成長してしまえば、その出来事は、もう苦難ではなくなるのですね。

つまり、人生に起きる事には、最初から「辛い事」というのは無いのです。

要は、人それぞれの魂レベルによって、出来事に対して「辛いと感じるかどうか?」というだけなのですね。

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最後に・・・

今日はちょっと難しい話になってしまいました・・・( ;∀;)

しかし、わたしたちはあの世に行ったら、神様に聞かれることは「ふたつだけ」なのです。

「幸せに生きたか?」
「人に親切に出来たか?」

神様から見る「人間の魂のレベル」と言うのは、これだけなのですね。

その時に、人間界でどんな仕事に就いていたとか、どれだけの地位に登りつめたとか、いくら稼いだとか、宗教やスピリチュアルを信じていたか?というのは、神様からすれば、どうでもよい事なのです。

実際、スピリチュアルの知識が全くない人でも、人に対して常に愛を出してきた人は、神様は合格サインを出すのですね。

そして、そんな人が、この人間界でも天国の様に幸せに生きることが出来る人であり、あの世に行ってからも天国に行ける人なのです。

読んでいただき、ありがとございました!

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