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死に対する考え方。豪華な葬式やお墓は誰の為の物なのか?

死に対する考え方。豪華な葬式やお墓は誰の為の物なのか?
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こんにちは☆NORIです(*´ω`*)ノ

今日はちょっとディープな話題で「死」について語ってみたいと思います。

多くの人にとって「死」とは、恐怖を感じる事であるかとは思います。

ただ、わたし自身は「死」については、それほど大した事だと考えていないのですね♪

まぁこれは、このサイトの記事を色々読んでいただいている方ならご理解いただけるかとは思いますが、わたしは「死」という現象を単なる節目くらいにしか思っていません

と言っても、今日の記事は「あくまでもわたしはこう考えている」という事を皆様にお知らせするだけですので、わたしの思考を無理して理解しようと思って頂かなくても全然OKですよん♪

まぁ、軽い気持ちで読んでみてくださいね(・∀・)ノ


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豪華な葬式やお墓にお金をかけるのは、誰のためなのか?

わたしは、10年以上前に父親を癌で亡くしております。

その時の葬式代はたしか100万円くらいだった記憶があります。

お墓が80万円くらいで、仏壇も80万円くらいのものを購入した記憶があります。

こう考えると、人がひとり死ぬということは、とってもお金がかかることなんだぁ・・としみじみ思います。

特にうちの父親の場合は、癌による闘病生活も長かったので、医療費にも莫大なお金がかかっております。

では、癌が発病しその後死んでいったうちの父親は、生きている間、そんなにお金をかけて自分自身は幸せだったのでしょうか?

わたしから見た父親の姿は、決して幸せではなく、ずっとふさぎ込んで、そして、抗がん剤や放射線治療によって苦しみ続け、死の直前まで不幸だった様に見えました。

つまり、うちの父親は、莫大なお金を使いつつ自分自身も苦しんで、不幸な人生を送ったという結果論になります。

はたして、この様な「人の死に方」は正しいのでしょうか?

うちの父親のような人生の最後を、神様はどう思うのでしょうか?

わたしとしては、父親のような最後を迎えるのは、宇宙視点で見たらきっと間違いだと思うのですね。

ただ、決して、お葬式やお墓にお金をかけることが間違いだと言っておりません。

特に、生前に徳のある行動をとっていた人なら、周りの人達が勝手にお金をかけた豪華な葬式をやってしまうでしょうし、徳のある行動をとっていた人のお墓は、自然と豪華になってしまうことでしょう。

そうではなく、自分が死ぬ時に「自分の葬式には沢山の人を呼んでくれ」と親族に頼んだり、「お墓はなるべく立派にして欲しい」と頼むのは、自分自身の「我」でしかないと、わたしは思うのですね。

そもそも、死んで魂があの世に行ってしまったら、物質世界とは完全に切り離されるわけです。

そんな時に、葬式を盛大に行った事実も、人間界に立派なお墓が建っているという事実も、まったくどうでも良い事のハズです。

もちろん、まだ人間界に留まっている人たちが、故人を想う気持ちによって、故人のために盛大なお葬式や豪華なお墓を作るのは、それは全然悪くないと思います。

なぜなら、豪華な葬式も立派なお墓も、故人があの世に行った瞬間に、それは、今この世で生きている人たちの為に存在する物になるからです。

そうなのです。お墓も葬式も、決して「故人のため」ではなく、残された人たちの為にあるのですね

ちなみに、わたし自身は、自分が死んでも葬式もやってほしくもないですし、お墓も別にいらないです。

そんな事に大金を使うのはもったいないですし、死んであの世に行った魂にとっては、人間界のお墓も仏壇も葬式も、もう自分とは関係のないところに存在する「シンボル」に過ぎなくなるからです。

ただ、どうしても家族が「葬式をしたい」というのであれは、それはやってくれても構いませんが、それは生き残った人の為であって、死んだ人の魂のためではないのですね。

わたし的には、映画「はじまりへの旅」にあったように、火葬して、その灰を公衆トイレに流すだけでも全然構わないと思っています。

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生きている間にどれだけ幸せな人生を送れるか?が大切なのです

わたしは、人が死ぬ時期というのは、生まれる前からある程度決められていると考えております。

このへんは、スピリチュアリストよって考え方は少しづつ違いますが、人によっては、「1秒の狂いもなく死ぬ時期は決まっている」と説いている人もいます。

まぁ、どちらにしろ、スピリチュアルな知識がある人にとっては、人の死ぬ時期というのは「決まっている」という事で概ね間違いがない様です。

そして人は、与えられた(決められた)人生を生きる中で、生きている期間内にいかに自分の魂を成長させることが出来るか?というのが大切だと思うのですね。

ただ、魂の成長とは、自分自身が不幸に生きる事で得られるものでは決してありません。

与えられた宿命に乗っかり、その中でいかに自分自身が幸せになるか?

更に、自分自身を幸せにしつつ、周りの人に対していかに徳を積む行動ができるか?

これが、全ての人に与えられた人類共通の宿命だと思うのですね☆

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ということは、うちの父親のように、病気になることによってふさぎ込んでしまい、自分を不幸にし、同時に家族にも心配をかける・・・といった生き方は、間違っているとわたしは思うのです。

仮にわたしが癌になったら、今から決めていることがあります。

まず、放射線治療や抗癌剤治療は一切行いません。

痛みを止める為の薬だけは使用すると思いますが、ファスティングにより余分な食事をするのも辞めて、あとは残された時間を自由気ままに生きたいと思います。

おそらく、旅行にもバンバン行くと思いますし、飲みにも行くでしょうし、ポルシェをローンで買ってドライブすると思います☆

実際、今でもわたしは病気にかかっていますが、痛み止めの薬をたまに飲んでいるだけで、あとは健常者と同じ生活をしています。

幸い、今の病気は死ぬことは無いようですが、ただ、現代医療の技術では治ることはありません。

その事を解った上で、わたしは酒も飲みますしタバコも吸いますし、仕事もガンガンやります。

自分が人生を楽しむこと、そして、周りの人になるべく親切に接すること。

これを心がけています。

そして、天から与えられた寿命が尽きたら、その時に死ぬだけなのです。

世の中には「死に方は選べない」という人がいます。

わたしもコレはある意味正解だと思います。

と言っても、死の瞬間までに「どう生きるか?」というのは、自分の「自由意志」によって選べるのですね。

病気になった事実にふさぎ込んで、死の瞬間までを、毎日をマイナス思考で生きるか?

それとも、病気になった事実を気にもせずに、普段どおりに楽しく生きるか?

これは、自由意志で選べるのです。

そして、普段からプラス思考で、周りの状況に対して「感謝」をして生きている人は、死の瞬間に至るまで苦しまないように、神様がちゃんと調整をしてくれるのですね。

人によっては、ひどい痛みを伴う病気にかかってしまう方もいるかもしれませんし、身体が言うことを聞かなくなってしまい、普段どおりの生活が出来なくなってしまう方も、もちろんいることでしょう。

しかし、たとえそんな状況になったっとしても、「感謝」を忘れずに「日々楽しく生きよう!」と努力をしている人には、神様はちゃんと味方をしてくれるのです

そんな人は、寿命までの残された人生を苦しまずに過ごせると、わたしは信じております。

仮にわたしが事故や災害に巻き込まれて死んだとしても、そういった宿命を受け入れるだけです。

つまり、このお話は、わたしが普段から書いている「プラス思考で明るく楽しく生きましょう!」というオチに繋がっていくのですけどね♪

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最後に・・・

今日はわたしが普段から考えている「死」について色々と書いてみました(*´ω`*)ノ

もちろん、今日のお話は、わたし自身の見解でしかありませんので、皆様に賛同して欲しいと言う気持ちは全然ありません♪

と思ったら、このお話に賛同してくれる方も意外と多いんだな♪ということに先程Twitterを見ていて気づきました(*‘ω‘ *)

読んでいただき、ありがとうございました!

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