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交通事故を起こしてしまう人の因果と宿命のお話

交通事故を起こしてしまう人の因果と宿命のお話
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こんにちは☆NORIです(*´ω`)ノ

今日は、読者の方からのご質問にお答えする形で「交通事故を起こしてしまう人の因果や宿命のお話」と言うお題で、色々と書いていきますね♪

さて、今回ご質問いただいた内容はと言いますと・・・

バスの運転手をされている方からのご質問なのですが、会社の同僚が職場で人身事故を起こしてしまったそうなのですね。

交通事故を起こしてしまいますと、事故を起こした方のその後の人生は大変辛いものとなってしまいます。

また同時に、事故にあわれた被害者の方の人生も辛いものとなってしまいます。

では、こういった「負の連鎖」とも取れる様な不幸な出来事は、なぜ起きてしまうのでしょうか?

今日はこの謎にお答えすべく、宇宙の摂理はこうなっているんだよ〜というお話をしていきますね♪


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人生に起きる全ての出来事に無駄な事は無いのです

まず、宇宙の法則に則った人生の仕組みのお話をしますと、人生に起きる出来事には、一切の無駄は無いのです

仮に、自分が加害者となる形で酷い事故を起こしてしまったとしても、反対に、事故に巻き込まれるような形で被害者になってしまったとしても、そういった出来事は必然的に起きてきますし、無駄な事ではないのですね。

たとえばインドなんかはヒンドゥー教の国なのですが、目の前で人が車にはねられて瀕死の重傷を負っていたとしても、ほとんどの人は被害者の方を助けないそうなのですね。

その理由は、インド人が他人に無関心だから・・・というワケでは無いのです。

インド人の方々は、ヒンドゥー教の教えである「因果応報」に則った生き方をしています。

そしてインド人が信じる因果応報の原理によって、インドの方々はこう考えてしまう様なのですね・・・

交通事故で車にはねられるのは、被害者の人が過去世において「車に撥ねられる様な因果(原因)」を作ってしまったからだ。

車に牽かれる人と言うのは、車に牽かれた事により、因果を解消したことになる。

しかしそこで、自分が被害者の人を助けてしまうと、その人の因果は途中で達成できなかった事になってしまい、その人のためには良くないことなのだ。

更に、交通事故で車にひかれた人を助けることにより、今度は自分自身が「他人の因果解消の学びを邪魔をした」ということにより、自分が悪しき因果を作ってしまう。

だから、車に轢かれた人を見かけたとしても、助けずに放っておくのがその人のためなのだ・・・

とまぁ、こういった解釈をするそうなのですね。

さて、ヒンドゥー教の考える因果応報ですが・・・

まぁ、合っている部分もあるのですが、ただ、結構な部分で間違っていると言えます。

では、因果の法則を、最新のスピリチュアリティーの理論に基づいて、正しく説明いたしますね☆

まず、交通事故に巻き込まれて車に跳ねられてしまう人というのは、過去世において「車にはねられてしまう可能性がある因果」を持って生まれて来ていると言え、この部分は、まぁヒンドゥー教と同じと言えるでしょう。

ただ、事故に巻き込まれて被害者になる方も、生まれてくる前に「自分は今世では車に跳ね飛ばされて命を落とします!」と決めて生まれてくるわけではないのです。

正しくは、「自分は、今世では交通事故に巻き込まれてしまうかもしれないので、その事故を何とか回避することにより、幸せになる事を目指します!」と、生まれる前に決めてきているのですね。

同様に、交通事故で加害者になってしまう様な方も、「自分は今世では、車で事故を起こして人を跳ね飛ばします!」と決めて生まれてくるワケではないのです。

正しくは、「自分は今世では交通事故を起こしてしまう様な可能性を持って生まれてきますが、何とか事故を起こさない様に最大限注意を払い、事故を回避する努力をすることで幸せな人生を歩みます!」と、生前に決めて生まれてくるのです。

宇宙の法則により、人生には宿命的にいろんな事件や事故が起きてきます。

しかし同時に、人間には自由意思も与えられているので、この、自由意志を使って様々な努力をすることによって幸せな人生を歩むんだ!と、生前に決めてきているのです。

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自由意志を使い事故を回避することが人生の目的なのです

というわけで、交通事故を起こしてしまう人も、事故にあって被害者になってしまう人も・・・

双方とも、「事故を起こす可能性を持って生まれてくるけど、事故を起こさない様に自由意志を使い努力する」というのが、事故を起こしてしまう人、事故に巻き込まれてしまう人の因果であり、宿命的な人生の目的であると言えます。

先ほど紹介しました、ヒンドゥー教の因果応報の教えには、この「自由意志」の部分が無いのですね。

そして、因果応報を間違って解釈してしまっていた有名な宗教団体が、あの「オウム真理教」だったのです。

オウムの教えでは「ポア」と呼ばれる行動により、殺人を肯定していました。

つまり、大多数の一般大衆は「悪しき因果」を持っているので、このままだとその人たちはあの世で地獄の最下層に堕っこちてしまう。

彼らを救うために、オウム信者が出来る限り相手を悲惨な方法で殺して、その人たちの因果を解消することにより、その人たちを地獄ではなく天国に連れて行ってあげよう・・・

という、むっちゃくちゃな理論が、オウムの教えなのですね。

このデタラメな理論を信じてしまい、多くの方が信者となり、本人は「人助け」や「魂の救済」だと信じて大量殺戮を行ったのが、あの地下鉄サリン事件だったのです。

まぁ、今となっては誰が見ても、オウムが言ってる事もやってる事もてんでデタラメだったというのは理解できるとは思いますがね♪

話を戻しますと・・・

つまり、わたしたちの人生には、宿命的に色んな事故や事件が起きてきますが、自由意志を使い、それをどう回避したり解決するか?というのが、人生の目的であると言えるのです

 

事故を回避できても、事故を起こしてしまっても、どちらでも人の魂は成長するのです

では、交通事故を起こしてしまった人というのは、因果の解消に失敗してしまったのか?と言うと、そうではないのですね。

たとえば、事故を回避することにより魂の学びを行うと決めてきている魂が、予定通り事故を回避することが出来ず、事故を起こしてしまったとします。

すると今度は、事故を起こしたことにより、その人には大変な人生が待っているわけです。

被害者の方に謝罪したり、刑事責任や民事責任の罪を問われたり、賠償金を支払ったり、免許が取り消しになったり・・・

と言ったように、交通事故の加害者となってしまうと大変なのですよね。

しかし、事故を起こしてしまった方というのは、今度は、その後に待っている大変な人生を経験することにより、また、魂の鍛錬を行い自分自身を成長させるのですね。

もちろん、どうせ魂の学びを行うのでしたら、「事故を起こさない様に普段から注意する」という方法を選んだほうが、事故を起こしってしまって苦労するよりも、はるかにラクな人生です。

簡単に言うと・・・

★プランA → 交通事故を起こさない様に注意して生きることによって魂を成長させる
★プランB → 交通事故を起こしてしまったので、その後の人生で苦労することにより魂を成長させる

と言うのが、交通事故を起こしてしまう様な因果を持った人の宿命なのです。

そして、今回のご質問の場合は、自分が事故を起こしてしまったのではなく、会社の同僚が事故を起こしてしまったという事なのですね。

では、「同僚が事故起こした」という事実は、自分の人生の宿命にどう関わっているのか?と言いますと・・・

「同僚が事故を起こした事実を真摯に受け止め、自分は日々の仕事に真剣に打ち込み、しっかりと自身を成長させよ!」という、宇宙からのメッセージなのです。

それでは、事故の被害者になってしまい、その後大変な人生を送ることになってしまう方は、どういった宿命があるのかと言うと・・・

被害者の方も、決して「自分は交通事故で被害者になります!」と決めて生まれてくるわけではなく、「事故にあってしまわない様に気をつける」という宿命を持ってきているのですね。

とは言っても、そんな方は、因果の法則により、過去世で自分が加害者の立場の時に被害者を傷つけてしまう様な因果を作ってきているのです。

ただ、だからと言って「自分は事故に巻き込まれて不幸な人生を送る」と決めてきているのではなく、「事故に巻き込まれる可能性を宿命的に持って生まれてくるけど、何とか魂を成長させる努力をして事故を回避する」という学びを行うために生まれてくるのです。

つまり、事故の被害者になってしまう方というのは・・・

★プランA → 事故に巻き込まれないように、緊張感を持って気を付けることにより魂を成長させる
★プランB → 事故に巻き込まれてしまったので、治療などで苦労をしながら魂を成長させる

という事なのですね。

つまり、交通事故で加害者になってしまう方も、被害者になってしまう方も、そして、そんな事故に間接的に関わる様な方も、全ての人にとって効率の良い魂の学びと「因果解消のプログラム」が組み込まれているのですね

そして、先ほど説明した「プランA」というのが、大抵の場合で、その人にとっての本当の宿命であると言えます。

これが、わたしが普段から書いている「人は宿命から外れた人生を選択すると余分に苦労する」という意味なのですね。

では、人生には、プランAとかプランBとか、どれくらいのプランが用意されているのか?と言うと、実は、無数の人生プランがあるのです。

そして、こういった未来の可能性は、全てアカシックレコードに保存されているのですね。

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最後に・・・

今日は読者の方からのご質問にお応えして「同僚が交通事故を起こしてしまった!」という出来事の意味について書いてみました☆

宇宙の法則である「因果の法則」によって、その人に宿命的に起きてくる様々な出来事は、わたしたち人間の想像を絶するほど精密に作用しあっており、一切の無駄がないと言えるのですね。

では、人生に起きるこういった事件や事故は、神様が一人ひとりの人間を見ていて裁きを行っているのか?というと、そうではないのです。

因果の法則というのは、惑星が公転し地球が自転をしているのと同じ様に、宇宙の摂理によって自動的に運行されているのですね。

そしてこの様に、全自動で運行される宇宙の因果のシステムのことを、多くの宗教では「神」と定義しているのです

読んでいただき、ありがとうございました!

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