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本当の神事とは何か? 誰にでも出来る楽しい神事のお話

本当の神事とは何か? 誰にでも出来る楽しい神事のお話
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こんにちは☆NORIです(*´ω`*)ノ

今日は「本当の神事(かみごと)とは何か? 誰にでも出来る楽しい神事のお話」というお題で「神事」についてお話しますね☆

さて、神事と聞くと、多くの方は神社仏閣での形式張った行事を思い浮かべたり、厳格な雰囲気の中で神に祈りを捧げたり・・・
と言ったような事を思い浮かべるのではないのかな?と思います。

もちろん、各々の宗教の格式に則った厳格な「まつりごと」も、大切な神事であるのは間違いありません。

でも、今日のお話の「神事」は、ちょっと違うのですよね(・∀・)

それでは詳しく解説いたしますね☆


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神事の本当の意味とは?

さて皆さんは、神事とは何のためにやるのか?を、考えたことはありますでしょうか?

この理由を先に書いてしまいますと、「神様に喜んでもらうため」なのですね。

しかし、わたしのブログでもよく書いておりますが、神様は自分の魂そのものでもあります。

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つまり、神様に喜んでもらう事は、同時に自分の魂にも喜びを与えることでもあります。

という事は・・・

よく、お坊さんなどが、滝に打たれたり断食をしたり、自分の体を痛めつけて辛い修行を行いますが、それって神事とはちょっと違うのかな?なんて疑問も生まれてきます。

もちろん、辛い修行を行うことにより、結果的に精神性が進化するので、そう考えると、修行自体も喜びだとも言えますけどね♪

ただ、わたしとしては、「私達のような普通の人」が神事をやるのに、作法や形式や修行は必要無い。と思っているのですね。

たとえばですよ・・・

毎日仏壇に手を合わせたり、毎朝神棚に手を合わせている人もいるかとは思います。

しかし、そんな人が、手を合わせている時に「神様、今日も商売繁盛よろしくお願いしまっせ〜〜!」なんて気持ちで神棚に手を合わせていたとしたら・・・

これはもう神事どころではなく、悪行なのです。

何故かと言いますと、こんな気持で神棚に手を合わせている人は、神様に対して自分の「我」を主張しているだけであり、神様に対して「不平不満」を言っているのと同じことだからです

同様に、毎日お墓参りに行くのも、もちろん良いと思いますが、その人がお墓参りに行く理由が「祟が怖い」とか、「誰かに言われてイヤイヤ実践している」なんて状況だとしたら、そんな事なら墓参りなんて行かないほうが良いのです。

毎日神棚に手を合わせたり、定期的に欠かさず墓参りに行ったりするような人は、一見するとさも立派な人のようにも見えますが、実は、その人が「どんな気持ちで手を合わせているか?」によって、その意味はまったく違ったものになるのですね。

大切なのは、その人が何を考えているかという「気持ち」であり、形式や作法よりも「心」が重要なのですね(*´ω`*)ノ

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誰にでも簡単に出来る神事とは?

では次に、わたしたちのような普通の人が日頃から実践できる「神事」についてお話しますね☆

もしも、コレさえちゃんと出来れば、毎朝神棚に手を合わせるよりも、仏壇に向かって意味もわからずお経を唱えるよりも、はるかに効果があります☆

とは言っても、誰にでもできる神事と言うのは、すでにわたしがこのブログで何度も書いている事なんですけどねw

それが・・・

●周りの人には常に明るく親切に
●笑顔を絶やさない
●愚痴や文句や悪口を言わない
●何気ない日常に感謝する
●いつも掃除を心がけ綺麗にする

と言ったような事を、毎日ただ淡々と続けるのが神事なのですよ(*´ω`*)ノ

たとえば、信仰深い方の中には、月命日などでお坊さんを呼んでお経あげてもらう方もいるかとは思いますが、その時に「だりーなぁ」とか「正座するのきっつぅ!」なんて思いながら、供養をお坊さん丸投げするくらいなら、お坊さんを呼ぶ必要はないのです。

お経なんてもんは、どうせ意味も解らないので、読んでも読まなくてもどっちでも良いのです。

それよりも、自分自身の手を使って、仏壇やお部屋を綺麗に掃除する事の方が、はるかに神事なのですよ(*´ω`*)ノ

掃除というのは、実際に自分が行動する事で実践できる、とても解りやすい神事なのです

ただ、何故そうなのか?を説明しだすと、波動の法則とか因果の法則とか、これまたコ難しい話になってしまうので省きますが・・・簡単に言うと、神様は綺麗好きなのですよ(・∀・)

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わたしも、最近は身の回りを綺麗に清潔にすることを実践しております。

以前は、服も畳めませんでしたし、朝起きても布団がくっちゃくちゃのまま放置しておりました(*´σー`)エヘヘ

しかし、最近では外にゴミが落ちていたらなるべく拾うようになりました。

といっても、道に落ちているゴミを拾いながら歩いていたらキリがないので、たとえば、コンビニの外にある喫煙スペースでたばこを吸う時は、灰皿の外に落ちている吸い殻を見つけたら拾う様にはしております。

たとえば、ボランティアなどで、公園や河川敷をみんなで掃除する活動を行う方たちがいますよね♪

実は彼らは、物凄い神事を実践しているのですよね☆

最近では神や仏を信じないような人が神職をしている事もある様ですし、大きな神社に行くと、職員駐車場にフェラーリやポルシェが停まっている光景もよく目にします。

いえ別に、聖職者は贅沢するな。と言っているのではありません。

仮に、自分で事業を行い全うな方法でお金を稼いで贅沢しているのなら、それは社会貢献による対価を受け取っているだけなので全然良いことだと思いますが、神仏も信じず、お布施を私欲に回すなんてのは、神事とは真逆の行為です。

つまり、いくら宗教の知識があっても、宗教行事としての神事の作法に詳しかったとしても、本人の心が歪んでいたら、それは神事でも何でも無いのですね。

それなら、公園や河川敷を掃除するボランティアの方々のほうが、何万倍も神事を実践していることになり、何万倍も徳を積んでいるのです

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よく、若い子などで「自分は何のために生まれてきたんだろう?」とか疑問を持って、自分探しの旅とかしちゃう子がいます。

しかし、本当はそんな事をする必要なんて無いのですね。

そんな事するくらいなら、近所を散歩しながら落ちてるゴミを拾って歩いた方が、はるかに自分の魂は喜ぶのです。

そして、そんな人の人生は、宇宙の摂理により、自動的に上手く行くようになっているのですね☆

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最後に・・・

今日は「神事」について、わたしが普段考えていることを書いてみました☆

もちろん、厳格で形式張った神事をする事も大事なのは間違いありません。

ただ、魂の成長をするのに、宗教の定めた形式や決まりなんてのは関係ないのです

世の中には、魂や輪廻転生のことを全く信じないような人でも、魂レベルが非常に高い人も多いです。

そんな人は、大抵はこのサイトに書いてあるような「周りの人にはいつも明るく親切に接する」とか、「愚痴や文句や悪口を言わない」という事を自然と実践しているのですね☆

つまり逆に言うと、魂や生まれ変わりを信じていなくても、周りの人に明るく親切にして、日頃から感謝を忘れないような人は、素晴らしい神事をちゃんと実践できているのです(*´ω`*)ノ

そして、そんな人の人生は自然と上手く行く様になっていますし、お金にも困らないで生きられるのですね☆

読んでいただき、ありがとうございました!

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