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光と闇のバランス。善も悪も宇宙に必要とされ存在している!?

光と闇のバランス。善も悪も宇宙に必要とされ存在している!?
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こんにちは☆NORIです(*´∀`*)ノ

今日は「光と闇のバランス。善も悪も宇宙に必要とされ存在している!?」と題しまして・・

また、変なお話をしますねw

今日のお話はちょっと分かりづらく、皆様に上手く伝えられるか自信がないのですが・・・

宇宙の仕組みは実はこんな感じなのですよ〜ってのを、頑張って書いてみますね(`・ω・´)ゞ


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宇宙は、善と悪が存在することでバランスが保たれている

さて、スピリチュアルが好きな方の中は、宇宙には、天使などの高級霊がいる半面、なぜ悪魔とかの悪い霊もいるのか?と不思議に思う方も多いかもしれませんね。

この人間界にも、良い人もいれば、悪い人もいます。

世の中には、菩薩様の様なめちゃくちゃ良い人もいれば、極悪非道の悪人もいます。

では神様は、世の中に存在する極悪非道の悪人を何故放置しているのでしょうか?

実は、悪の存在というのは、神様によって容認されているのです

たとえば、ライトワーカーと呼ばれる魂は、人間界の未熟な魂をアセンションに導くために、「人々の魂レベルを上げる後押しをする」という役割があります。

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ただ、ライトワーカーに限らず、全ての人の魂もまた「魂の進化成長」を目指していて、アセンションに向かうことが目的であると言えます。

多くのスピリチュアルや陰謀論でよくありがちな話では、「悪を倒し、この世を愛で溢れた世界にする」ということが、人類の目的であるように語られます。

しかし、この考え方は、厳密にいうと少々違うのですね。

実は、人類の進化と同時に行われる「魂の成長」は、「悪から善」や「闇から光」に向かうことが目的ではないのです。

正しくは、「善も悪も区別を無くす」というのが、魂全体の進化の進む方向なのですね

たとえば、二元論という考え方があります。

この世では、「善と悪」「好きと嫌い」「金持ちと貧乏」「不幸と幸福」など、全ての出来事を二極に分けようとする考え方があります。

これが二元論の考え方で、現在の地球も、今の段階では「二元論」であると言えます。

しかし、神の存在というのは、そもそもが一元論ですので、神様からすれば、本当は善も悪もないですし、好きも嫌いもないのですね。

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つまり、わたしたちの魂は、善も悪もない一元論へ向かって進化していると言えます

とは言っても、今まで二元論で生きてきた人間が、いきなり一元論に向かうことなんてのは、そう簡単に出来る事ではありません。

そもそも、神様は自分自身が様々な経験と感動を味わうために、あえて二元論の世界を作ったのですから、あと数十年で、魂が二元論から一元論に進化するなんてことは無理なのですね。

人類の魂の進化というのは、そう簡単なことではなく、何億年もの時間がかかることが前提になっているのです。

では、わたしたちの魂は何処へ向かえばよいのでしょうか?

この地球にも今現在、悪の存在と真っ向勝負で戦うライトワーカーたちが沢山いますが、しかし、ライトワーカーがいくら悪と戦ったとしても、悪の存在が一掃される未来は、そう簡単には来ないのですね。

何故かと言いますと、悪を倒したら、今度は新たな悪が必ず出てくるからです。

この宇宙にはバランスがあり、今の段階では、善の存在がいたら、必ずそれに相反する悪の存在もいないと、宇宙のバランスが取れない様になっているのですね。

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悪の存在も、宇宙に容認されている

先日、「なぜ神は、悪魔の存在を許しているのですか」と、お問い合わせ頂きました。

ただ、この考え方は少々違っていて、正しくは、宇宙には神様という善でも悪でもない存在がいて、神様の中に、悪魔と天使が意図的に作られていると言えるのですね。

神様の対極にあるのが悪魔なのではなく、神という宇宙のシステムに内包される形で、天使や悪魔が存在しているのです

では、天使と悪魔を作ったのは誰なのか?と言うと、それは神様自身なのです。

先程も書きましたとおり、神様は一元論の存在ですので、宇宙の中にあえて二元性の世界を作り、そこに「悪や闇」も作ることによって、「喜や光」の素晴らしさを味わえるようにしたのですね。

というわけで、この地球に極悪な犯罪者がいるのも、凶悪な独裁者がいるのも、神によって必要とされているから存在しているのだと言えます。

とあるスピリチュアリストは、霊界では常に戦争が行われているとも語っております。

霊界では、光と闇の存在が常に戦っており、その結果として、霊界に内包されるこの世でも、光と闇の戦いが続いているとされているのですね。

といっても、先程も書きましたとおり、「光の勢力」が一気に力を増して「闇の勢力」を全て駆逐する・・・なんてことは、すぐには起きないのです。

本当に、少しづつ時間をかけて、闇の勢力も、光の勢力も、徐々に「差」を取っていくのが、この宇宙に定められた進化の予定なのですね。

この状況は、北朝鮮や韓国が外交の手段として「常に日本にイチャモンをつける」という状況と似ているのかもしれません。

つまり、北朝鮮や韓国が常に日本にイチャモンをつけるのは、自らの存在意義を保つために必要な事であり、こういった状況も、人類全体で見れば「進化の途中段階」という必要に応じて生まれた結果だからです。

もひとつ例を出しますと、世の中には「いじめる人」と「いじめられる人」が存在することにより、いじめが問題とされていますが、仮に、世の中にいじめられる人が存在しなかったら、いじめる人は存在出来ないのと同じ理屈であると言えます。

まだまだ進化の途中である今の段階の地球人の魂レベルでは、この状況も、ある意味仕方がないとも言えるのですね。

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善に偏りすぎるのも、また悪なのです

お釈迦様は、2500前に大変な修行を行いましたが、修行の途中で「あんまキツすぎる修行は意味ないな・・・」と気づいたそうです。

その時のお釈迦様は、他の修行僧たちに「お前は修行の大切さを理解していない」と酷く罵られたそうです。

つまり、何が言いたいのかと言いますと・・・

自分自身の精神性を高める事を目指すのは確かに素晴らしいのですが、やり過ぎは良くないのですね

たとえば、宗教団体などは、「自分とこの教えこそ真理だ!」と言って、他の宗教を徹底的に批判する傾向にあるようです。

しかし、そういった「批判」の考えが進んでくると、必ず争いになるのですね。

宗教を立ち上げるような人も、最初は「人々を幸せにしたい」と願って教えを広める活動を始めるのでしょうが、ただ、「善への願い」があまり行き過ぎると「自分こそが正しい」という「エゴ」に変わってしまうのです。

これも「ヤリ過ぎ」の結果です。

そして、こういった事は、わたしたちの普段の生活でも起きてくるのですね。

実際、わたし自身もスピリチュアルを学び始めたばかりの頃は「これは凄い論法を知ってしまった!」と、ちょっと「知ったか」な気持ちになってしまった経緯もあり、わたしからみて「正しくない生き方」をしている人を、無理やり直そうとしてしまった事もありました。

わたしのこういった過去の行動も、言ってみれば「わたしのエゴ」なのですね。

つまり、わたしの我が強く出てしまったのです。

わたしたちは、この世で「我を消していく」という目的があるはずなのに、わたし自身はスピリチュアルを知ることによって「我を強く出してしまった」という反対の事をしてしまったのですね。

幸い、わたしの場合は、すぐに自分の間違いに気づいて、自分の考えを人に強制をすることを辞めましたが、わたしのブログには今でも「あなたの言っていることは間違っているので、この本とこの本を読んでください」と上から目線で言ってくる人は定期的に現れます。

そんな人のコメントを読んでいると「あちゃぁ〜、これ、昔のわたしだわw」なんて、こっちが恥ずかしくなっちゃうんですけどね(*´σー`)エヘヘ

つまり、人は未熟すぎるがゆえに、善行に偏りすぎる事によって、それが時に悪行になってしまう事も多々あるのです。

そのため、本当のことを言いますと、善でも悪でもない「丁度よい真ん中」とうモノを目指したほうがよいのですね

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善を目指すのではなく、善と悪の差を縮めていく

このお話はちょっと伝わりにくいかもしれませんが・・・

簡単に言うと、魂の進化の向かう道というのは、どちらかに偏るというのを無くしていくという事なのですね

これを仏教では「中道」と言って、「享楽と苦行、どちらにも偏らない生き方がいいんだよ♪」とされているのです。

高みを目指して修行をすれば、確かに人間的には立派な人に近づいていくでしょう。

しかし、高みを目指すことに執着をすると、人生はどんどん辛いものになっていきます。

これを今の世の中に当てはめると、「お金を稼ぐことに執着して仕事ばかりしているとシンドイですよ」ってな事になりますね♪

そして、たまぁにこんな方もいるのですが・・・

たとえば、「自分はボランティアをやらなくちゃいけないんだ!」と考えて、自分の身を削ってまで他人に貢献し過ぎる人がいます。

もちろん、こんな方は素晴らしく志が高いとも言えるのですが、ボランティアをやりすぎて自分が過労で倒れたら、それはもうヤリ過ぎなのですね。

特に日本人は、割合的には責任感が強い人が多いですし、「他人のために尽くそう」と考えてしまう人が多いと言えます。

そのため、そんな真面目な日本人には、スピリチュアルで良く言われている「ありのままでいいんだよ〜☆」という教えは、よくマッチするのかもしれません。

ブラック企業問題は、日本だけで見られる特有の現象なのですが、ブラック企業で働きすぎて「辞める」という選択が出来ない方なんかにとっても、「もっとラクに生きればいいんですよ〜」というアドバイスが適切かと思います。

こういった教えもまた「中道」と言えるでしょう。

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他の例をあげますと、たとえば、メディアの情報には「老後のためにがん保険に入りましょう」とか、「老後のために、資産活用しましょう」というマーケティングがあります。

先日も、「読者の方の相談に答える」というファイナンシャルプランナーの広告記事をたまたま見かけたのですが、その記事の内容を読んでみると・・・

「年収1000万、貯金が7000万しかありません。老後が不安です」という相談者に対して、「その蓄えでは老後が不安ですね〜」「お金の使い方をもっと考えましょう」とかアドバイスしているファイナンシャルプランナーがいたのですね。

仮に、このファイナンシャルプランナーが言うように、この相談者の方の不安が本当に将来的に危機的状況にあるのだとしたら、日本人の9割以上の人が危機的状況にある事になってしまいます。

まぁこういった広告記事は「心配性」という日本人の性質を巧みに利用した、「恐怖を利用して物を売る」というマーケティング手法なのですけどね。

ただ、一見すると、このファイナンシャルプランナーの行動は「正義」であり「善行」に見えるのです。

しかし本当は、心配する必要のない事を心配させている「悪行」なのですね。

この例はちょっと極端かもしれませんが、「善」にあまり偏りすぎると、それは「我」というエゴになり、その結果として善行が悪行に変わったりするのですよね

なぜそうなるかと言うと、人とはそれほど未熟な存在であるからです。

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最後に・・・

今日のお話はちょっと解りにくかったかもしれませんね(*´ω`*)

簡単に言うと、現段階の地球人の魂のレベルには、善も悪も必要なのですね。

そして、善と悪、光と闇が存在することも、必要であるから、神によって容認されているのです。

たしかに、宇宙も魂も進化成長を望むものですが、そうそう簡単に魂が進化するものでもないので、本当に少しづつ、二元論から一元論の考え方に近づけていけばよいのですね☆

それが、「中道」を目指すということであり、ニュートラルな考え方ができるようにするということなのです(*´∀`*)♪

読んでいただき、ありがとうございました!

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