認知症とどう向き合うか? スピ的に見る認知症とは?

認知症とどう向き合うか? スピ的に見る認知症とは?
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こんにちは☆NORIです(*´ω`*)

今日は、読者の方からの質問にお答えしまして・・・

「認知症と、どう向き合うか? スピ的に見る認知症とは?」というお話をしますね♪

さて、親や配偶者が認知症になってしまったことにより、日々の生活で大変苦労されている方は結構多いのではないか?と思います。

そんなわけで・・・

スピ的に見る認知症とは、どういった状態なのか?

親や配偶者が認知症の場合、自分自身は認知症とどう向き合い、どう生きればよいのか?

今日は、認知症について一般的なスピリチュアルで言われている事と、わたしの考えも交えて色々と書いていきますね。


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スピリチュアル的に見る認知症とは?

では始めに、スピリチュアル的に見た場合、認知症とはどのような状態なのか?を書いていきますね。

まず、人とは魂であり、その人の意識や記憶なんかも、本当は脳ではなく魂の方にあります。

脳はどちらかと言うと、魂からの情報を受信するチューナー的な役割なので、認知症になった人も、魂は認知症ではないのですね

そして、人間の魂と肉体は「シルバーコード」と呼ばれるへその緒のようなもので繋がっていると言われています。

シルバーコードは大まかに言うと2本あって、1本は脳、そしてもう1本はおへそのあたりに繋がっています。

皆様も、幽体離脱をする人のイラストをどっかで見たことがあるかとは思いますが、大抵の場合、シルバーコードは2本描かれているはずです(*´ω`*)ノ

で、シルバーコードの魂と脳を繋げている部分が、何らかの原因で切れかったり傷ついたりしてくると・・・

認知症のような、脳に異常をきたしていると見て取れる様な症状が起きてくるのです。

ただ、先程も書いたとおり、意識や記憶を司っているのは、本当は脳ではなく魂の方です。

そのため、様々な原因により脳と魂の繋がりが薄くなってしまった場合でも、本当は、魂のほうはシャキッとしているので、どれだけボケても、魂もボケているわけではありません。

ただ、人間には自我意識があり、ほとんどの人は脳が自分を支配していると信じて今まで生きてきました。

そのため、魂と脳の連絡網に不具合によって自我意識を上手く制御できないような現状になっても、認知症の方は「自分はボケているのか?」ということを、自分自身でよく自覚することも出来ないのですね。

なぜなら、ボケているのはあくまでも脳の方であり、魂はシャキッとしているからです。

しかしこれは逆に言うと、脳と魂の繋がりをしっかり治せば、認知症は治るとも言えるのです。

実際、認知症は科学的に見ても治る病であることが解っていますしね♪

関連記事
脳死をスピリチュアル的に解説。脳は死んでも魂は死なないのです

 

認知症になってしまう方の魂の学びとは?

では、どういった人が認知症になりやすいのでしょうか?

スピリチュアル的に言われる認知症になりやすい人の特徴としては・・・

◯頑固で我が強い
◯自分にも周りにも厳しい性格
◯真面目過ぎる
◯過去のトラウマを引きずっている

といった傾向がみられる様です。

確かに、わたしの周りの認知症になってしまった方を見ていても、現役の頃は「厳しい人だった」という傾向があるように思えます。

ボケる前は、自分に厳しく仕事をバリバリやっていた人や、周りの人に対して高圧的でいつも怒鳴り散らしていたような人が認知症になっている事が多いようです。

また、小林正観さんは、認知症になる人は「死を怖がっている人だ」とも仰られていました。

たしかに、現役時代はバリバリ働いて自分の存在価値を保っていた人も、定年になってやることが無くなった瞬間に、自分が生きる価値を見失ってしまい、そのため、死に対する恐怖を人一倍感じてしまうのかもしれません。

そして、過去のトラウマを引きずっている人というのは、つまり、過去の嫌な体験を忘れるために、自分自身で認知症になってしまうのですね。

更に、これはわたしの考えですが、「もう自我を強く持って苦しむことなんて辞めて、自我から開放されたらどうですか?」と神様に言われて、魂と脳の繋がりを希薄にされ、魂をラクにしようとしているのではないか?とも思えます。

こう考えると、認知症になる人は宿命的に認知症になるのではなく、今までの人生において自由意志の使い方を間違えた事によりオカシナな因果を作ってしまい、その因果を解消するために、人生の最後に「ボケる」ことによって、その人がこれ以上周りの人や自分の魂に対して厳しく接するのを辞めさせるように働きかけているのではないか?

とも思えますね(*´ω`*)


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認知症の家族と、どう向き合うか?

とは言っても、家族が認知症になってしまったのはしょうがありません。

もしかしたら、認知症が治ることもあるかもしれませんし、治らないかもしれません。

ただ、スピリチュアル的な観点から見ると、認知症を治してあげる方法は、「相手を理解し優しく接してあげること」なのですね。

先程も書きましたとおり、認知症の人というのは自分にも他人にも厳しくしてきた人が多い様なので、「もう、頑張らなくていいんだよ」と接してあげることが大事な様なのですね。

更に、親が認知症になってしまったのでしたら、「今まで育ててくれてありがとう」と、気持ちを伝えることなのです。

認知症と言えども、魂はボケていません。

そのため、気持ちはちゃんと伝わるのですね♪

ただ、家族間の問題はそうそう簡単ではなく、これが出来る人もいれば、出来ない人もいるのですね。

というか、どちらかと言うと出来ない人の方が多いことでしょう。

そのため、もしも出来るなら「認知症の方に愛を持って接する」ということを試していただければと思います。

そうすることにより、魂と脳をつなぐシルバーコードが、正常に戻っていくようです。

 

認知症の方と向き合う時は、固定観念を捨てる

そして、認知症の家族と向き合う場合、「もしかしたら、自分は固定観念に縛られていないか?」というのは、考えてみた方が良いと思います。

たとえば、先日お問い合わせいただいた方は、認知症の親の介護をしなければならず、自分自身がとても苦しんでいる・・・ということでした。

こういった事例を真面目な人に相談しますと、「親なんだから、ちゃんと自分が責任を持って面倒見なきゃだめですよ」なんてアドバイスするかもしれません。

では仮に、わたしならどうするか?と言うと、おそらくは施設に入れると思います。

もしくは、最低限のことしかせずに、放おっておくと思います。

というよりも、まずウチの親は絶対にボケないな。とわたしが確信しているというのもありますけどね♪

わたしは、今は親ととても仲が良いですし、うちの家庭には普段から厳しい状況が皆無なので、ボケる要因が無いのですよね。

わたしの親は、もう70過ぎで無職ですが、普段から何も制限をせず、自由に遊びに行っておりますしね♪

さて、認知症の方に対するわたしの考えを聞いた方の中には、もしかしたら「テキトーな考えだなぁ」と思った方もいるかも知れませんね。

実は、これが人それぞれが持つな固定観念なのですね。

これはあくまでもわたしの考えですが・・・

まず、介護なんて、不慣れな素人がやるよりも、お金を払ってプロに任せるほうが、自分にとっても認知症の方にとっても幸せだと思うのです。

その為に、「介護士」という職業があるのですからね♪

世間一般的には「血縁だから」という理由だけで、逃れられない宿命の様なものがあると思っている方も多いと思います。

しかし、そんな事は、この人間界で昔の人達が決めた古いルールと言うだけで、本当は「血縁だから家族が責任をもつべき」なんてルールは無いのです。

もし仮に、血縁だから家族が責任を持たなければならないと言ったような「血縁の決まり」があるとしたら、それは、「子供が成人するまでは親が責任を持って育てる」という事くらいだと、わたしは思っています。

そのため、家族が認知症になったとしても、「必ず自分が責任を持って世話をしなければならない」なんて事は無いのです。

 

自分自身が幸せになる事を考える

基本的にわたしは「自分がどうしたら楽しく生きることが出来るか?」を考えています。

自分が楽しく生きる為にお金が必要だったら、そのためにお金を稼ぐ努力をします。

つまり、仮に親が認知症になったら、わたしがガンガン稼いで高級な施設に入ってもらい、自分自身は楽しく生きる・・・というのが「正解」だと、わたしは考えているのですね。

無理して自分で面倒を見ることによって、自分自身が疲弊してしまい、そして、親の方も子供が苦労しているのを見るのは、間違った解決方法なのです。

認知症の方も、その家族の方も、双方が幸せになる道を歩むのが、神様的に見て正解な方法なのです

ただ、認知症の親の面倒をみながら、自分自身もまったく苦労を感じず幸せに生きているのなら、その方の人生は「正解」なのです。

つまり、どんな方法をとるにしろ、自分が幸せになれて、相手も幸せになれる方法が、正しい解決方法なのですね。

ただ、認知症の親を施設に入れたいと考えていても、「経済的に難しい」という場合もあるでしょう。

こんな場合でしたら、認知症の親と暮らしていくことになるとは思います。

ただ、そこで、相手に対して毎日イライラして過ごすか?

もしくは、認知症の親に対して、「あー、ボケ老人だからしゃーないか」と割り切って、自分自身は笑って楽しく生きるか?

どちらの方法も、自分で選ぶことは出来るのですね。

大切なのは、あなた自身はどんな選択を選ぶことも出来るという事です。

人の魂にはちゃんと自由意志が与えられており、自分の考えで行動する権利が神様から与えられているのですね。

そしてその時に、親戚の人の意見を聞く必要もありませんし、近所の体裁とかも、まったく気にする必要はありません

人生がとても辛いと思える状況になった時は、「どういった選択をすれば、自分も相手も幸せか?」これだけを考えればよいのですね。

認知症になってしまった親は、間違いなくあなたのソウルメイトです。

ということは、魂は繋がっているのですね。

それなら、自分自身が「楽しく生きる」という方法を選ぶのが正解なのではないでしょうか?

何故かと言うと、人は写し鏡と言われるように、自分がイライラしていたら、相手もイライラするからです。

自分が楽しく生きていれば、相手も楽しいのです。

これが、人間関係の基本なのですね。

たとえ親が認知症になって、ボケて怒鳴り散らしてきたとしても、自分自身は仏の心になって、まるで子供をあやすように、軽くかわせるような態度を取れる様になることが、認知症の親を持つ方の人生の学びだと言えるのですね。

自分が仏様の様な心になれないのだとしたら、相手を「あー、犬か猫が吠えているわ」と考えても、それでも全然構わないのです。

どのような考え方や行動を取るにしろ、「自分も相手も楽しく幸せになれる解決法」が見つかれば、それが、自分の因果を解消する方法なのですね

 

最後に・・・

今日は、認知症の方との付き合い方や、スピ的に見る認知症の原因なんかを書いてみました☆

こういった家族間の問題は、実際、かなり大変な事です。

望んでいない苦労もすることでしょうし、不幸も感じてしまうことでしょう。

しかし、忘れてならないのは、どんな人生であれ、この世は遊び場であり仮想現実なのですね。

だから、深刻に考える必要もなければ、親戚や兄弟の言うことを聞く必要もないですし、世間体も気にする必要すらないのです。

ただ「自分も相手も幸せになる方法」を導き出せた時、その方法が、神様から見て正解!なのですね☆

読んでいただき、ありがとうございました!

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