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「小さな親切大きなお世話」にならないために、親切心の難しさを知る

「小さな親切大きなお世話」にならないために、親切心の難しさを知る
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こんにちは☆NORIです(*´ω`*)ノ

今日は「小さな親切大きなお世話にならないために、親切心の難しさを知る」というお話をしますね♪

わて、わたしはこのブログで「人に親切にしましょう」とか「愛を出しましょう」と言ったことを繰り返し書き続けております。

何故わたしがこういった事を繰り返し書いているのかと言うと、他人に愛を出す行動、つまり、「利他」の考えは、結果的に自分自身を幸せにするからです

この事は前回の記事「大我に向かうと、人は幸せになるように出来ている」で詳しくお話させてただきました。

つまり、「大我とは小我である」とも言えますし、利他とは、結果的に利己につながる。と言えるのですね☆

ただ、この辺がまだ上手く伝わっていないような感じもしたので、補足的な意味も含めて、今日のお話をしていきますね☆

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相手が望んでいる事を与えてあげるのが親切心なのです

ところで、こんな笑い話があるのですが・・・

階段の下で、大きな荷物をかかえて困った様子のおばあちゃんがいました。

その時、偶然通りかかった男性が、「あ、このおばあさん、階段の上に荷物を運べなくて困っているんだな」と思って、体力に自信があるその男性は、荷物をヒョイと抱えて、20秒ほどで階段の上に運んであげたそうです。

男性は、おばあさんを助けたことで「今日も人に親切にしたぞ〜♪」と満足気な表情を浮かべていました。

しかし、おばあさんの表情は曇ったままでした。

男性が、おばあさんに歩み寄ってみると、「20分かけて、荷物を階段の下に降ろしたのに・・・」と、言われたそうです。

この笑い話では、この男性が親切心のつもりで行った行動が実際はおばあさんを困らせてしまった・・・と言う結果を招いてしまったのですね。

ただ、こういった事というのは、わたしたちの日常にも意外と多くあるのではないか?と思うのです。

もちろん、困っている人を助けてあげるというのは、神様的に見れば愛のある行動ですし、そんな「愛が出せる人」というのは、結果的に、自分自身の人生が上手くいくものなのです。

なぜなら、この宇宙は一方通行にはなっておらず、「与えれば与えられる」様にできているからです

もう一つ例を出しますね・・・

わたしが若い頃、一人暮らしをしようと思って、引越し作業をしていた時のことです。

当時お金が無かったわたしは、引越し費用や家具を用意するための費用を最低限位に抑えるために、炊飯器や洗濯機などは用意しなかったのですね。

すると、その話を聞いた会社の上司が、親切心から炊飯器や本棚などの色んな家具をくれたんですね。

ただ、その炊飯器や家具というのが、ゴミ捨て場から拾ってきたようなボロボロのやつだったんです。

というか、ほとんどゴミでしたw

もちろん、相手が会社の上司だったので、わたしは一応は喜んだふりをして、ゴミにしか見えない貰い物の家具を、友人と苦労しながら部屋に運び込みました。

当時の上司が、本当に親切心から、わたしに家具をくれたのか?

もしくは、捨てる手間を省くために、わたしを利用したのか?

そんな事は解りません。

ただ言えるのは、わたしにとっては、上司の行動は迷惑だった。ということです。

つまり、余計な「おせっかい」なんですね(*´ω`*)

この様に、親切心を出すという行動は意外と難しく、「相手は、本当は何を望んでいるのだろう?」というのは、結構解らないものなのですね。

こういった事は、人生経験が豊富な方にしか、なかなか解らないものなのかもしれません。

特に、「悩みがある」と言って相談をしてくる方は、自分自身でも「本当は何に悩んでいるのか?」というのが見えていないこともあります。

たとえば、「DV旦那に悩んでいるから離婚したい」「どのように離婚すればよいでしょうか?」なんて相談をしてくる方がいるとします。

しかし、この方は、口では「離婚したい」と言っているかもしれませんが、本心では「夫婦関係を改善させたい」と思っているかもしれません。

特に、状況が切迫していて感情的になっている場合は、本人も、心にも思っていないことを口に出してしまう時もあります。

そのため、「相手が本当に望んでいること」というのを汲み取るのは意外と難しく、親切心のつもりでしてあげたことが、逆に、相手にとっては迷惑になってしまったり、相手の本心が望まないことを押し進めてしまうような結果になってしまうこともあるのですね。


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「小さな親切大きなお世話」にならないためにはどうすればよい?

では、このブログでも頻繁に書いている「相手に対して親切にしてあげる」というのは、どの様に実践すればよいのでしょうか?

一番良い方法は、こちらからは何もしない。と言うことなんですね。

つまり、「宇宙におまかせする」という事です。

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利他に生きるのはたしかに素晴らしいことなのですが、逆に言うと、あなたに対して誰も頼み事をしてこないような場合は、あなたは、まだその段階に達していない・・・と言うこともできるのですね。

沢山の人生経験をし、普段から愛を出す「利他の精神」で生き慣れている人には、次から次へと頼まれごとが舞い込んでくるものなのです。

そして、頼まれごとを断らずに実践していれば、謝礼としてお金を払ってくれる人が出てきます。

だから、利他に生きると、結果的には自分が満たされるのです。

ただ、前回のブログの「利他とは利己である」という部分に関して、「お金などの謝礼を受け取るつもりで利他で行動していたら、それはもう利他ではなく利己なのではないですか?」という質問も頂いたのですね。

この辺が、まだまだ上手く伝わっていない部分でもあるのですが・・・

仮に、あなたが利他の精神をもって他人に対して親切にしてあげたとしますね。

その時に、相手が「どうしても御礼がしたいのです」と言ってっお金を渡してきたとします。

しかし、「お金を渡したい」と言った相手の親切心に対して、「わたしは利他の精神で行動しているので、お金を受け取ることはできません」というのは、それはもう利己なのです。

つまり、正当な価値を相手に与えることによって、あなたは「大我」な行動を取ったものの、あなたの愛に感激した相手の「御礼をしたい」と言った気持ちを汲み取ってあげない・・・というのは、もう「小我」なのです。

じゃぁ、こんな場合はどうすればよいか?と言うと、ただ「ありがとうございます」と感謝をして、お金を受け取ればよいのですね。

ちなみに、チマタでよくあるスピリチュアル系のセミナーなんかでは、この部分だけが強調されて伝えられてしまっているようにも感じます。

たとえば、スピリチュアルの話をする人の中には、お金が無い人は何故お金がないのか?という理由を、「あなたがお金を受け取るのを拒否しているからです」「自分にお金を与えることを自分に許可してください」なんて、説明したりするんですね。

もちろん、ここの部分は確かに正解なのです。

ただ、最初の「相手に対して何らかの価値を与える」という部分の方が遥かに大切で、多くの方は、ここがよく解っていないのではないか?と感じます。

そして、こういった話をよく理解しないまま、「自分はもっとお金をもらっていいんだ!」「宇宙さんにお金をもらおう!」なんて言い出して、欲しい金額を紙に書いて机の引き出しにしまっておく・・・なんて訳のわからない行動を取り始めるんですね(*´ω`*)・・・

こんな事でお金が入ってくるなら苦労せんわwと、わたしは笑ってしまうのですが、お金を得ようと思ったら、相手に対して「正当な価値を与える」という事をしなければ、絶対にお金は入ってきません。

つまり、スピリチュアルな宇宙の法則に魔法のようなモノは無く、結局は、自分で手を動かし頭を使って、相手に対して何かを与えるという「利他(大我)」の行動が必要なのですよ(*´ω`*)ノ

では、「相手が何を欲しているのか?」「相手は何をしたら喜ぶのか?」を考えた時に、どうすればよいかと言うと、それが先程も書きました「宇宙にお任せする」という方法なのですね。

そして、もうひとつ・・・

困っている人がいたら、「私になにか出来ることはありますか?」と言ったような聞き方をしてみるのも良いと思います。

つまり、「自分が相手に与えてやるんだ」と言った「我」を出さずに、相手に選択権を与えるのですね

その時、相手が「いえ、別に大丈夫です」と言えば、こちらが「何もしない」というのも大我の心なのですね。

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どんな人でも、既に親切を発揮で出来る環境にいるのです

ただ、この話を聞いた時に、「自分は相手に何も頼まれないから、何もしなくていいんだ!」と思うのは少々間違いです。

何故かと言いますと、大抵の方は、何らかの仕事をされているとは思うのですね。

という事は、上司から何か仕事を頼まれたら、それを「嫌な顔せずに気持ちよく引き受けてあげる」というのも、これまた大我だからです。

仮に、「この仕事は自分には無理だな・・・」と思っても、それをそのまま「自分にはちょっと・・・」と、不満そうな顔で上司に伝えたら、それは小我だと言えます。

しかし、「わたしはこの仕事の経験が無く、方法が解らないのでご教示頂けませんでしょうか?」と、上司に対して明るく質問ができたら、これは大我だと言えるのではないでしょうか?

じゃぁ、主婦の方などで仕事をしていない方は、どの様に考えればよいか?と言うと、旦那さんに対して精一杯の愛を出すのが大我なのですね。

ここで、旦那に対して「もっと早く帰ってこい」とか、「たまには子供をお風呂に入れてよ!」と言うのは小我なんですよ。

これも、前回のブログにコメントがあったことなのですが、専業主婦の方というのは、旦那さんが気持ちよく外で仕事が出来るようにしてあげるのが大我であり、それが、相手に対する親切心であり「愛」なのです。

旦那に対して、「わたしだって子育てや家事が大変なのに!」と小我な事を言わずに、「いつも遅くまでお仕事してくれてありがとう」と大我な心で接してあげれば、結果的に、その旦那は稼げるようになるし、出世もするのです。

こんな状況も、奥さんからしたら、自分が「大我(利他)」を発揮したことにより、結果的には「小我(利己)」である、自分が幸せになる状況を引き寄せた・・・ということになるのですね。

 

最後に・・・

今日のお話は、ちょと解りにくかったかもしれませんが・・・(*´ω`*)

前回ブログに引き続き、「大我」や「小我」についてと、「小さな親切大きなお世話」にならないような心構えを書いてみました☆

読んでいただき、ありがとうございました!

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