そもそも神様ってなに?GODやSPIRITを、わたしはこう捉えています☆

そもそも神様ってなに?GODやSPIRITを、わたしはこう捉えています☆




※このブログは2021.11.29にYoutubeにて動画公開した内容をまとめたものです。

こんにちはNORIです(*´ω`*)

今日もご視聴いただき、ありがとうございます。

今日は、「神様」というものについて、わたしがどう捉えているのか?あらためてお話をしていこうと思います☆

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感謝は神様にするものなの!?

アマゾンの奥地に住むピダハン族のような「神や宗教を持たない人たち」は、感謝が出来ないのではないか?

以前にこんな質問を頂いたのですが・・・この質問にお答えするとなると、わたしは、そんなことは無いと思います。

何故か?というと、わたし自身も神様を信じてないにもかかわらず、ちゃんと感謝が出来ているからです(笑

もちろん、この世界は、目に見えない部分のボリュームの方が遥かに膨大であることを、わたしは知っています。

これはどういうことか?と言いますと、つまりわたしは「スピリット」は信じてますが、「God」を信じていないのです☆

わたしは毎朝神棚に手を合わせて「ありがとう」のアファーメーションをしていますが、では誰に対して「ありがとう」と言っているのか?というと、別に誰でもないと言えますし、言い方を変えると「自分に言っている」とも言えます。

だから、「誰に感謝する」なんて考えずとも、ただ「感謝をする」ということは出来ると思うのです☆

なぜなら、わたしたちは、そもそもが一つ(ワンネス)であり、誰もがサムシンググレート(全体)から分離をした存在だからです☆(*´∀`*)ノ

というわけで、感謝をするにしても、別に自分の外に感謝をすべき対象物を設定する必要もないワケです(笑

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万人が心地良く感じる神社は存在しない

わたしは神社が大好きですが、別に神社に神様がいるとは思っていません。

というよりも、神社には「スピリット」が宿っていると考えているだけです。

スピリットとはすなわち霊的な存在なのですが、わたしたちの周りには、目に見えないだけで様々なスピリットがいます。

そして、神社に宿るスピリットとの波動の振動数が合えば「この神社は心地が良い」と感じるワケです。

ということは、100人が100人「ここの神社は波動がいいな〜☆」と感じる神社は無いということになり、あくまでも「自分の波動とスピリットの波動が合うか?」という相性の問題だと思うのです。

同様に、よくありがちな「パワースポット」と呼ばれるような場所についても、人によっては重苦しく感じたり、気持ち悪く感ることもあるワケです。

実際、神社や仏閣の中には、霊的なものを封印してあるような所もあるわけであり、そういった場所は、恨みや妬みの波動が漂っているのでしょう。

しかし、そういった場所に行っても、その人本人が普段から恨みや妬みを持っているような人だったら、それはそれで波長が合うワケです。

そんな人にとっては、恨みや妬みの重い波動を出している神社仏閣を「相性がいい!→心地が良い☆」と感じるワケです(笑

というわけで、神社にしてもパワースポットにしても、そこに宿っていると思われるスピリットと自分との相性の問題だ☆ということなのです♪

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宗教の起源は全部同じ

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が、もとは同じ宗教だと言うことは皆さんご存知かと思いますが、実は神道も、ユダヤ教、キリスト教の流れから来ていて、旧約聖書と新約聖書の流れを汲んでいます。

更には仏教でさえも、元々のルーツを辿れば古代ユダヤから来ているので、釈迦族もヤハウェの民だと言えます。

というわけで、世界的中のあらゆる宗教も、元を辿れば、出処は皆同じだったりします(笑

こう考えると、それぞれの宗教がそれぞれの唯一神を設定し、お互いに他の宗教を否定している時点で、既に大きな矛盾が生じているワケです

そんなワケもあり、わたしは一神教で言われるような絶対神を信じていないのです。

わたしたちは、一つの命から分離をした存在です。

スピの界隈でよく言われている「龍神様」や「お稲荷様」と言ったようなスピリットにしても、人間が勝手にそういう呼び方をして神様として定義付けしているだけであり、広い意味では、彼らの様なスピリットもサムシンググレート(全体)から分離をした存在に過ぎないと言えるのです。

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願いを伝える=スピリットとの契約にもなりかねない!?


「波長同調の法則」でよく言われるように、わたしたちは似た者同士が引かれ合いますが、これは別に人間同士に限らず、人間とスピリットの関係でも同じだと思うのです。

たとえば、傲慢な人が「お金持ちになりたいです!」と神社でお願い事をしたとしても、仮にそんな願いを叶えてくれるスピリットが居るのだとしたら、その相手も、波長同調の法則によって、自分と同じ様に傲慢な考え方を持つスピリットだということになると思うのです。

仮に、そんな傲慢なスピリットに願いを叶えてもらったら、もしかしたら、願いを叶えてもらった見返り求められるのではないのか?仮に願いが叶ったとしても、後で突き落とされることもあるのではないか?なんて想像も出来るワケです。

そう考えると、無闇やたらに龍神様に代表されるようなスピリットにお願い事をする行為には疑問が残りますし、そんな意味もあって、わたし自身は、スピリットを特別視していないワケです。

わたしたちは、人間の知覚を超えた存在に対してついつい特別感を抱いてしまい、「目に見えない存在」と言うだけで「すごい存在だ!」と見てしまいます。

これは宇宙人さんの様な存在に対しても同じです。

しかし、スピリットにしても宇宙人さんにしても、結局はサムシンググレートから分離してるというだけであり、別に崇めるべき存在でもなければ、崇拝しなくてはいけない存在でもないと思うのです。

人間には、愛に溢れた人もいれば、反対に、強欲で乱暴な人もいます。

政治家やヤクザのように大きな力を持った人もいますし、そうでない人もいます。

これと同じ様に、スピリットにも、愛に溢れた存在もいるでしょうが、反対に、強大な力を持ちつつも強欲な存在もいると思うのです。

こう考えると、神社に宿っているスピリットが、本当に損得を考えない愛に溢れた存在なのか?なんて保証もないワケです。

実際、旧約聖書にも「ヤハウェは嫉妬深い神である」とされています(笑

だから、わたし自身は神社に行っても、お願い事をしないワケです。

神社に行っても、ただ入場料のつもりでお賽銭入れて、「いつもこの土地を守ってくださり、ありがとうございます!」なんて挨拶をするだけにしています(笑

つまり、相手がスピリットだろうが人間だろうが、対応の仕方は同じであり、いつも礼儀正しく感謝の気持ちを持って接するのが本来は正解だ☆とわたしは思うのです。

目に見えないからと言って、スピリットが無条件で願いを叶えてくれるとは限らないですし、逆に、強欲な願いをスピリットに伝えることは、彼らとの契約を結びかねないことにもなり、ある意味危険なのでは?というのがわたしの考えなのですね☆

ご視聴頂き、ありがとうございました!(*´∀`*)ノ

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