正義感は争いしか生まない

正義感は争いしか生まない
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※このブログは2020.7.14にYoutubeにて動画公開した内容を、文字起こししたものです。

こんにちは、スピリチュアリストのNORIです(*´ω`*)

今日もご視聴いただき、ありがとうございます。

今日は「正義感」について、お話してみようと思います☆


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人は何故ネガティブを拡散してしまうのか?

わたしはツイッターをやっていますが、色んな方の投稿を観ていると、やっぱり今でも、酷い事件とかが起きると、そのニュース記事を「許せない!!」という気持ちにまかせて、勢いで拡散してしまっている方は多い様に思えます。

これは以前にも話しましたが、SNSで多くの人が共感しやすい投稿というのは、もちろん「面白ネタ」や「感動ネタ」もあるのですが、それよりも、もっと強烈なパワーで共感をされやすいのが、「許せない」という怒りの感情なのです。

そして、マスメディアは、こういった人が感情を動かすメカニズムを良く理解していているので、だから、ニュースというのは、基本的には、皆が「許せない!!」と共感してしまう様なネガティブな情報を多く発信するのです

つまり、「怒り」、「憎しみ」、「恐怖」、こういったネガティブで「重い感情」が共感をされやすいですし、拡散をされやすいのですね。

これは何故か?というと、簡単に言うと、人間の脳の構造が、ネガティブに注意が行く様になっているからです。

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ただ、「許せない!!」という怒りの感情には、その裏には、もうひとつ別の感情があると言えるのです。

それが、「正義感」なのです。

たとえば、解りやすい例として、少し前に流行った「マスク警察」とか「自粛警察」とか、ああいうことをしてしまう、ちょっと言い方が悪いですけども・・・頭の悪い人たちがいます(笑

ああいう事しちゃう人というのも、本人は「正義感」で動いてるつもりなのです。

ただ、もっと深いところまで掘り下げると、マスク警察の正義感の裏には、本当は「劣等感」というものもあるのです

つまり、自分が「人を裁く立場」という、上位のポジションを取ることによって、「自分は人よりも優れているのだ」と、こう思いたいのです。

つまり、マスク警察や自粛警察をやってしまう人の真理というのは、正義感という建前を武器にした、「自分の優位性を確立するための自己表現」なのです

わたしのチャンネルには、あまり変なコメントしてくる方は少ないのですが、それでも100人に1人とか、200人に1人くらいは、「この人、残念な人だな・・」と思ってしまう書き込みがあります。

そして、そういう残念な人は、コメント内容で、その人の残念具合がすぐに解ります(・∀・)ニヤニヤ

 

劣等感を解消するためにマウンティングしていることはバレている

たとえば、以前アップした動画内の文字が間違っていたことがあったのですが、それに対して「文字が間違ってますよ」とコメントをくれた方がいました。

それに対して、こちらは「教えてくれてありがとうございます!」と返事したんですけども、ただ、ここでまた動画を作り直してアップし直すのも大変なので、概要欄に「文字を間違えていました、すいません!」と、注釈を入れるカタチで対応させてもらったのですね。

そしたら、それに対して「あなたは何故、動画そのものを修正してアップし直さないんですか?」と言ってきたワケなのですよ。

おそらく、この人が言いたいのは、「文字が間違っているなら、動画を作り直して再度アップし直すべきである〜!」と、こう言いたいのだと思うのですが、わたしは、「ああ、この人こういう残念な人なんだな」と思って無視しました(笑

では、何故わたしがこの人を無視したのか?というと、そもそも、この人はわたしのお客さんじゃないからです。

仮に、わたしがクライアントから「仕事として動画の制作」を発注されて、それで文字が間違ってたとしたら、すぐに「申し訳ありませんでした!」と、修正をかけます。

これは、「報酬を頂く」という「仕事」なら、ごく当たり前のことです。

しかし、わたしが趣味で無料で公開している動画に対して、「なぜNORIさんは、わたしがちゃんと指摘してあげたのに、それを直そうとしないのですか?」と、こんな事を言ってしまうというのは、これはもう、言っていることの筋が全然通って無くてメチャクチャ恥ずかしいレベルなのです。

こんな事も解らない様ですから、おそらくこの人は実生活も上手く行ってないと思いますし、職場でも全然仕事ができない駄目人間だという事は容易に想像ができます。

この話は、わたしが昔から話している事ですが・・・

たとえば、オリンピックとかのスポーツ競技のテレビ番組を、ビール片手に観ていて、仮に、選手が良い結果を出せなかった場合・・・こんなシチュエーションで、選手をボロクソにジャッジしているオッサンとか居るのですよ。

でも、こういうオッサンって本当にみっともないですし、痛々しいから辞めたほうが良いよ!って事を、わたしは以前から伝えているのですね。

つまり、そんな痛々しいオッサンと同じ行動原理で、人をジャッジすることによって自分の優位感を保とうとする人間が、極稀に、このチャンネルにも居るということなのです。

これはちょっと厳しい話に聞こえるかもしれませんが、私が何故ここまできつく言うのか?と言うと、「正義感」だと思ってやっている行動の多くは、劣等感を解消するためのマウンティングだということに気づいてほしからです

劣等感を晴らすために、簡単に人をジャッジできてしまう、匿名性の高いインターネットと言うエリアで暴れているだけ・・・というのが、そんな人の正体なのです。

そして、こんな人が、「正義感」という行動原理によって、揉め事を起こす人たちの解りやすい特徴だと言えます


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争いは正義感によって生まれる

では次に、もう少し視点を広くして「正義感」というものを考えてみましょう。

たとえば、戦争が起きる理由は色々ありますが、一番の大きな理由は、「お金儲けのために戦争は起こされている」と言えます。

でも、「イデオロギー」によって戦争が起きることもあるのです。

たとえば、革命が起きる時、テロが起きる時というのは、イデオロギーなんですね。

つまりは、理念を押し通した「正義感」なのです。

争い事というのは、決して、善と悪の戦いではありません。

そもそも、善と悪の定義というのは、片方の立場から見た時に「自分は正義」で「相手は悪」だと、お互いに思っているだけなのです。

だから、争い事や揉め事を俯瞰して、自分が神様の目線になったつもりで、上から眺めてみると解るのですが、実は、争い事というのは「正義感」と「正義感」のぶつかり合いで起きているのです

要は、両方共「正義感」で動いているのです。

だから、正義感というのは、争いを生むのです。

昔、イエス様が「右のほっぺたをぶたれたら、左のほっぺたも差し出しなさい☆」と言ってたのですね。

あの教えというのは、真理なのです。

右の頬を打たれた事に怒り、「殴ってきた相手は悪」で、「殴られた私が正義」、という理屈が出てきた時に、「相手を殴り返してやる〜!」と言い始めるから、争いが始まるのですね。

そして、一旦争いが始まると、その後は「やられたら、やりかえす!」という事を永遠と続けちゃうから、だから争い事が、永遠に収まらないのです。

つまり、争いを収めようと思ったら、やり返さないことなんです

要は、正義感を出さないことなんですよ

 

20世紀は戦争の時代だった

といっても、今までの時代は、正義感を出すこともある意味正しかったとも言えるのです。

わたしは、占星術とか全然詳しくないのですが、占星術で言うと、今までの2000年の歴史は「魚座の時代」だったそうです。

うお座の時代というのは、「嘘をつく」とか、「欺く」とか、そういう意味があるみたいです。

そして、これまでの2000年間は、そんな嘘や虚像に満ちた世界の中で、否応なしに戦うことを続けなければいけない様、時代が流れたいた・・・と、わたしは捉えています

過去2000年間は、お互いに正義感を出しあって、領土を奪い合い、殺し合うのが当たり前の時代だったのですね。

でも、どうやら2000年を過ぎたあたりから、これが変わってきた様なのです。

わたしも、最近は、色んなユーチューブチャンネルを観ているのですけども、中には、第三次世界大戦が起きると話している人もいますし、聖書に書いてあるような「大艱難時代」がやってきて、ジョージア・ガイドストーンにあるように、人類の人口は5億人までに削減されるとか、色んな事を言う人が居るのですね。

でも、わたしは、そんな事は起きないだろうと思っていますし、わたしは、もう大きな戦争は起きないと考えています。

これは何故か?と言うと、今の時代は、戦争をするよりも、ビジネスをしたほうが遥かに合理的で儲かるからです。

だから、武力を使った戦いというのは、もしかしたらイスラエルの辺りでは起きるかもしれませんが、よく言われている様な「中国VSアメリカ」の様な大きな戦いは起きないのですね。

というか、既に貿易戦争という「武力を使わない戦い」は起きていますし、だから、武力を使う必要が無い!ということなんです。

だいたい、今はコロナが流行っているので、このタイミングで空母や潜水艦を動かしたら、皆んなで仲良く感染しちゃいますし、そうなったら戦争どころじゃなくなっちゃうんですよね(笑

だから、もうこれからは、世界大戦の様な大きな戦争は起きないだろう・・・というのが、わたしの考えです。


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システムによって人々の精神性が上がる!?

今は時代の転換期ですし、今後はおそらく、いろんな事の価値観が変わっていきます。

前の動画でも話した様に、おそらく「ものを所有する」という価値観も変わってくると思いますし、多くの方が「お金の呪縛」から開放されることにもなると思います。

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更に言うと、今後は、今日のテーマでもある「正義感」というものに対しての考え方も、改めていくことになるのではないか?と、わたしは思っています。

ただ、こんな事言うと、世の中には悪い奴も居るから、正義感が無くなったら悪を裁くことが出来なくなるのでは?と、こういう疑問も出てくると思いますが、ここが、これからの時代の人類の課題の一つにもなって来るのではないか?と思うのです。

つまり、悪い奴を正義感で裁くのではなく、そもそも、「悪い事をしようと思っちゃう奴を産み出さないような社会システム」が、作られていくのではないかな?と思うのです

たとえば、中国がやっている「ジーマ信用」というのがあります。

ジーマ信用とは、簡単に言うと、人間をAIが評価し、ポイントにより点数付けをしていくという制度です。

たとえば、その人の年収とか学歴、交通違反歴、結婚しているかどうか?など、こういった何通りもの細かい評価基準により、「一人の人間をAIが管理する」のですね。

つまり、人間に対して、AIが点数をつけるのです。

ジーマ信用の「評価ポイント」の点数が高い人は、たとえば、航空チケットを優先して取れたりとか、公共の施設を無料で使えたりとか、そういうお得な特典が設定されています。

反対に、評価ポイントの点数が低い人は、長距離列車のチケットが取れなかったりしますし、あまりにも点数が低いと、「あなたは何キロ以上の距離は移動してはいけません!」と言ったような「行動の制限」がかかったりするらしいのですね。

だから、皆んな自分の点数を上げたいから、今中国では、国民が、どんどん真面目でいい子になってきてるらしいのです(笑

要は、悪人の数が減ってきてるのですよ☆

もちろん、このシステムは、そもそも中国共産党が運営しているわけですので賛否両論はありますが、しかし、結果的に人々の中から悪人が減っていくというのは、これは良い事だとわたしは思うのです。

今回は、例えばの話として、中国の「ジーマ信用」を例に出してみましたが、もちろん日本においては、もっと別の何らかの方法で「犯罪を犯す人間を産み出さない仕組み」を作れば、ソッチのほうが、悪を裁くシステムを作るよりも合理的だと思うのですね。

つまり、世の中から悪人が居なくなれば、裁くための正義感は必要なくなるという事です

だから、対処療法としての「悪をさばく正義感」を増やすよりも、社会システムとして「悪を生まない仕組み」を作るればいいのです。

では、そのためにはどうすればよいか?

わたしは、自分がやっている、こういったブログやYoutubeなどの活動も、「悪を生まない世の中」へ近づけるために一役買っていると思うのです。

なぜなら、人間には「集合意識」が存在するからです(*´∀`*)ノ

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エンターテイメントに見る「正義感と正義感」の争い

おそらく、縄文時代は「そもそも悪を生まない社会システム」だったのではないのか?と思います。

つまり、極端な悪人が居ないので、だから、正義感によって「誰かを裁く必要すら無い」といった様な平和な社会が、縄文時代だったのではないか?と思うのです

正義感というのは、結構、危険です。

たとえば、スターウォーズの、ダースベイダーも、昔はジェダイの騎士だったワケなのですよ。

アナキンは正義感が強く、「全宇宙を統治すれば、宇宙には平和が訪れるはずだ〜☆」とか言いだして、突っ走っていたら、気づいたらダークサイドに落ちていたのですね。

といっても、根源的に言うと、宇宙には「善悪」はありません。

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一見すると「善」と「悪」に見えるかもしれませんが、それは、その人の立場から見て「自分が善」で「相手は悪」という風に定義をしているだけなのです。

だから「善と悪」というよりは、「右か左」とか、「表と裏」とか、「白と黒」とか、本当はその程度の違いなのですね(笑

こんな感じに、人間は、とにかく物事を二元的に分けて考えてしまいます。

ここで、ちょっと機動戦士ガンダムの話をしますと・・・

あのアニメが爆発的にヒットした理由は何か?というと、それまでのロボットアニメというのは、シンプルに「正義の味方」と「悪の組織」の戦いが描かれていたのですね。

ゲッターロボにしても、マジンガーZにしても、「正義の味方」と「悪の組織」の戦いだったのです。

それを、富野由悠季さんが、初めて「正義と正義の戦い」を描いたのが、ガンダムだったのですね☆

連邦軍というオールドスクールの人類の「やっぱり地球を中心に生きていくべきである☆」という正義感、それに対して、地球の重力圏から開放されたスペースノイドの「我々は宇宙に出ることによって地球に住んでいる人類よりも進化しちゃったわけだし、これからはスペースノイドが人類を牽引しするべきである☆」という、いわゆるジオニズム的な思想の正義感、この2つの正義のぶつかり合いが、ガンダムの物語です。

ガンダムがヒットしたのは、本来の戦争の仕組みである「正義と正義」「それぞれのイデオロギー」のぶつかり合いをリアルに描いたからだと言えます。

だから、ガンダム以降に出てきた戦い系のアニメというのも、大抵は、正義感と正義感のぶつかり合いが、ちゃんと描かれています。

というわけで、わたしのようなアニメ好きの人間は、「正義感というものが争いに繋がるんだ」ということは、既に知っている筈なんですよね(笑

とまぁ今日は、オチのない話になってしまいましたが・・・(笑

ご視聴頂き、ありがとうございました!

スピリチュアリストのNORIでした。


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