99%他力で生きればいい☆自己責任論から他力へ!人生をほんの少し幸せにする考え方

99%他力で生きればいい☆自己責任論から他力へ!人生をほんの少し幸せにする考え方




※このブログは2021.11.9にYoutubeにて動画公開した内容をまとめたものです。

こんにちは、スピリチュアリストのNORIです(*´ω`*)

今日もご視聴いただき、ありがとうございます。

今日は、人生をほんの少しラクにする「他力」という考え方について、お話しします!

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自己責任論と他人責任論、どっちが正しい!?

たとえば、今回のパンデミックが原因で生活環境が大きく変わり、仕事を辞めることになってしまった方も多かとは思いますが・・・

こんな場合は「環境」が原因なので、「自分の生活が苦しくなった原因は環境のせいである!」と言うことができ、これを「環境責任論」ということが出来ます。

では、こんな場合はどうでしょうか?

少し前に「親ガチャ」という言葉が流行りました。

親ガチャとは簡単に言うと、「子供は親を選んで生まれてくることが出来ないので、自分が勉強が出来ないのは親の遺伝子が原因だ!」とか、「自分が稼ぎが悪いのは、ウチが貧乏で大学に行けなかったからだ!」・・・と言ったような考え方です。

こういった考え方は「他人責任論」だと言えます。

もちろん、「親ガチャに外れたから人生が上手くいかない」という考え方も理解できますし、実際、親の年収が子供の学歴と比例するという統計結果もあります。

しかしわたしとしては、こういった「環境責任論」も「他人責任論」も、「自分以外の誰かの責任」という意味では同じだと思うのです。

そして、わたしがまずお伝えしたいこととしては、ここはひとつ、「他人責任論」も「環境責任論」も両方捨てて、「人生は全ては自己責任である」、つまり「自己責任論」で考えることをオススメしたいのです

なぜ自己責任論が大事なのか?

では何故わたしが自己責任論を皆様にオススメするのか?と言うと、自己責任論と反対の考え方にある他人責任論の考え方に至ってほしくないからです。

では何故、他人責任論をオススメしないのか?と言うと、他人責任論は、絶対に幸せになれないからです

とは言っても、すべてが自己責任である!という自己責任論の考え方は、人によってはかなり納得できない部分も多いと思います。

実際、スピリチュアルな論法を持ち出さ無くとも、人生は宿命的に決まっている部分が多く、生まれてくる国や地域、親、兄弟、身体的特徴などは自分で選べません。

そのため、「俺が不甲斐ないのは親が悪い!」と考えてしまうのも仕方がないでしょう。

しかし人は、人生の責任を自分以外の誰かのせいにしている段階では、いつまで経っても幸せになれないのです。

何故なら、他責の状態というのは、つまりは、自分の人生を他人に丸投げしている状態であり、人生を放棄しているのと同じだからです。

というわけで、仮に自分の生まれた家や親が気に入らなくても、ここはひとつ、「このろくでもない親を自分で選んできたんだ!」と納得してみてほしのです。

同様に、「自分の給料が低いのは政治家が悪いんだ!」とか、「自分が幸せになれないのは、世の中のシステムを作った悪のディープステートが悪いんだ!(笑)」とか、こういった考えも一旦捨てて、それすらも「自分の責任なのだ!」と考えてみてほしいのです。

そして、「すべてが自己責任である!」という自己責任論の考え方になれれば、あなたはもう、誰かを恨んだり憎んだりすることは無くなります。

人は、誰かを恨んだり憎んだりしているときは、一番苦しいものです。

とうわけで、もしもあなたが、人生のあらゆる理不尽を自分以外の誰かのせいにする「他人責任論」や「環境責任論」で生きてきたのだとしたら、苦しみから逃れるためにも、ここは一旦「すべて自分で決めたのだ!」と、自己責任論に切り替えてみてほしいのです

自己責任論から一歩進んだ考え方

人の心の成長段階を考えた場合、他人責任論はかなり初歩的な段階にあると言えます。

だから、自己責任論が大事なのです。

ただ・・・

自分を幸せにするための自己責任論も、何処かの段階で行き詰まることがあります。

何故か?と言うと、この世界は、見えない世界の部分のボリュームのほうが遥かに多いからです。

つまりこの世界は、本当は「見えない部分の力」によって動いています

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だから人生は、時に自分がまったく想定していないような出来事も、起きてくるのです

実際、今回のパンデミックを10年前に予測できていた人なんてほとんどいません。

しかし、こういった想定外の出来事も、お釈迦様的の「縁起」という言葉で表すことができ、起きることは全て「全体の流れ」によって動いているだけであり、本当は何一つ自分で選択していないですし、起きることは「ただ起きているだけ」です。

他には、「色即是空」という言葉もありますが、起きている現象(色)は、実態もなければ意味もない(空)のです。

とは言っても、スピリチュアルや精神世界の話が嫌いな方や、宿命論を信じたくない方などにとっては、お釈迦様の「縁起」の話も「色即是空」の話もいまいち納得出来ないでしょう。

そのため、考え方の段階として、まずは自己責任で生きることをオススメしたいワケですが、しかし、自己責任論も、考え方の段階としては、まだ途中段階にあるといえるのです。

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人生は、ほぼ「他力」です

わたしが皆様にオススメしたい最終的な考え方は「他力」です。

ただ、わたしが話す「他力」という言葉の意味は、仏教でよく言われている「他力本願」という言葉の意味とはちょっと違います。

「他力本願」とは、「自分以外の誰かの助けに期待する」という考え方であり、ここで言う「自分以外の誰か」とは、時に、知り合い知人であったり、神仏的な存在のことを指します。

しかし、わたしが今日お伝えしたい「他力」とは、「宇宙全体の流れ」とも言えるもっと大きなモノのことなのです。

普段からお話しているように、そもそも、わたしたちは自分の意志では生きていません。

何故なら、本当はわたしたちには自由意志は無いからです。

だから「人は生かされている」なんて言うワケです。

たとえば、ワンネスという考え方は、簡単に言うと「全てが自分」という考え方で、目の前に現れる人も、全体から分離をした自分です。

そして、そこから更にもう一歩俯瞰した考え方が「非二元(ノンデュアリティ)」という考え方です。

非二元の考え方では、ワンネスで言う「すべてが自分」という考え方の「自分」という主体も本当は存在しない☆という考え方であり、宇宙のシステムとしては、これが正解だとわたしは考えています。

では、「自分」という主体が存在しないのであれば、「誰が自分の人生の責任をとっているのか?」というと、実は誰でもない!のです。

「人生の責任をとっているのは誰でもない」とは、つまり、起きることは「ただ起きている」だけであり、本当は意味も無いということです。

というわけで、本当は「人生は全て他力」なのです☆(*´∀`*)

最後に・・・

今日の話をまとめますと・・・

これまで他人責任論で生きてきた方は、ひとまず「人生はすべて自己責任である!」と、自己責任論に切り替えてみることをオススメします。

スピリチュアルな話が嫌いな方も、この考え方ができれば、ある程度の苦悩から開放されることが出来るのでは?と思います。

しかし、スピリチュアルな話が好きな方は、そこから更にもう一歩進んで、「人生はすべて他力であった!」なんて考えてみる事ができれば、更にあらゆる苦悩から開放されるのではないか?と思います☆

今日もご視聴頂き、ありがとうございました!

スピリチュアリストのNORIでした(*´∀`*)ノ

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